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臆病者はもう矢面に立てない

私はいつからこんなにも臆病になったのだろうか?

昔は胸を張ってすべてに自信を持ち、馬鹿なこともすごいことも自分の誇りだと思い行動してきたはずだ。

いつからだろうか、私は自分の名前を隠し自分に着けた別の名前で活動するようになった。

自分という存在を隠し、自分のもう一つの名前で行動する。

私は自分の名前を誇れなくなったのだろうか?

それとも私は自分の名前で失敗することを恐れているのだろうか?

インターネット上で実名で活動することは危険を伴うが、本当に自分に自信があるならば完全に悪い行動とも言い切れないし、それに見合った見返りがある。

昔の自分であったのであれば強気で自分に自信をもって自分の名前を使用したことだろう。

では自分の名前を使用していない今は自分に自信を持てていないのだろうか?

私は昔のように強く生きることが出来ていないのだろうか?

きっとそんなことはないと自分は思いたがっている。


私は自分の存在を複数の名前に分け、被害が減るように生きている。

ゲームの時はあの名前、SNSの時はあの名前、現実世界では実名とあだ名、SNSはサブアカウントすらある。

私という存在に新たな名前を与え、自分の人生に悪影響があればその名前を切り捨てる。

そんなずる賢い和足の新しい生き方。

これを臆病な生き方と言わずに何と呼べばいいのだろうか?


自分の一部分を集めて新たな名前を与える。

これは疑似的な新たな人物の誕生。

これは疑似的な生命創造。

つまりそれを足切りする私は人殺しなのかもしれない。

億行に生きる私は自分以外の人を最終的には足切りをして自分が助かろうとするそんな卑怯者に成り下がっているのかもしれない。

だってそうだろう、人のことをいけにえにして自分だけ生き残ろうとするやつは卑怯者だろう。

生物としては正しくとも、生命の危機というわけではないのにそんな取捨選択をしている時点で実際に生命の危機に陥ったら迷いなく自分以外を犠牲にしようとするのだろう。


私も昔は他人のために世界を守る英雄にあこがれていたはずだ。

自己犠牲の尊さ、その精神の強さ、その人のやさしさ、そのすべてにあこがれそれができるように自分に自信をもって生きてきたはずだ。

時間の流れというものは残酷で、そんな無邪気な子供をこのような打算のみで生きる冷酷な大人へと成長させてしまった。

私はあの頃の自分に顔向けできない。

だって今の私は影の存在、表舞台に役者を立てて自分の心は裏に隠す。

表の役者が死ぬとき裏の心は死なないのだ。

それでもまだあの頃の自分に憧れがあるようで、心が傷つきはするのだがそれは時間が解決してくれるだろう。

心をさらに奥にしまい込むことで。


著:矢面に立てない者


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