継続とは疲れることを諦めること也
継続は力なり。
しかし継続することが出来るような人は多くはなく、私も何かを継続することが苦手だ。
好きなことであっても苦手なことに時間を持っていかれて好きなことを継続出来なくなってしまったり、好きなことでも何かをしようと頑張る気力がなくなって好きなことを継続出来なくなってしまうかもしれない。
継続は力であるがゆえに継続することにすら力がいる。
毎日何かをするということはそれだけで難易度が高いと日々生きている私は思う。
毎朝起きて、毎日ご飯を食べて、毎日いろいろなことをして過ごしているけれども、ただ生きているというだけで私は疲れてしまう。
何かを考える行動一つをとっても私は疲れてしまうし、そのエネルギーは無限にわいてくるものではない。
忙しくなると自分のやりたいことを後回しにしなければならず、やりたくもない物を優先してやらなければならないため私はさらに疲れてしまう。
やりたいことがあるのにそれはできない。
やりたいことがあってもほかに優先するものがある。
やりたいことがあってもやりたくない物からやらなければならない。
それが私の心をさらに疲弊させる。
これは余談となるが何か創作をする人にとってアウトプットすることも大事だが、それ以上にインプットの量も大事だという話を聞いたことがある。
インプッとするのにも時間がかかるし、ストプットするのにも時間がかかる。
何か物を作るには結果を出せない工程が数多くあるのだろう。
特にそういったことをしていない私ですら日々の時間が足りないというのに、創作活動をしている人はさらにこれらに時間を費やしていると思うと本当に尊敬する。
日々時間がないのに何かをするということはそれがそれだけ大事だということであり、それを継続してるのであればその力をとても欲しているということだろう。
私は力が欲しい。
自分がやりたくないことを極力やらないで、自分がやりたいと思えることに努力がしたい。
そしてそれがなせる力が欲しい。
その力を得るために私は日々継続しなければならない。
継続は力になる、それは紛れもない事実であり必要な行為でもある。
でも力を得るための継続は最初にも言った通りとても力がいる。
これは完全なる疲労のスパイラルだ。
困難を乗り越えると力は手に入る。
でも私にもう頑張る力はもうない。
継続することが苦手な私からしてはもう継続をする力は残っていない。
だから私は諦めることにした。
著:なんだかんだ頑張る者




