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間違えた答えと解法の多様性

小学校で鶴亀算というものを習ったと思う。

でも、今の小学生って割と塾に通っていることが多いから鶴亀算を習う頃にはもうすでに連立方程式を扱うことのできる小学生がいる。

不思議なことに、将来的には連立方程式を使わなければならないのに、小学生は鶴亀算で解かなければならないとかいう理不尽な文化が日本にはある。

実に馬鹿馬鹿しい話だ。


ここで重要なの鶴亀算が無駄であるというわけではないという話だ。

連立方程式は感覚的に理解することは難しく、感覚的に理解するなら鶴亀算のほうが優れているのは事実だろう。

つまり、鶴亀算は連立方程式という少し難しい概念を理解するための計算式ともいえる。

では、鶴亀算の上位互換とも呼べる連立方程式であるが、なぜ小学生は鶴亀算を使わなければならないのだろうか?

別に問題を解くことが出来るのであれば、連立方程式でいいではないか!

なぜ鶴亀算を使用しなければ間違いなのだろうか?


例えば鶴亀算の理屈が全く分からないのに、ただ使い方を知っているからという理由だけで連立方程式を使われるのであれば、少々先生が困った顔をしても仕方がないと思う。

逆に連立方程式も鶴亀算も両方の理屈が分かって使えている人にとって、鶴亀算をわざわざ使うのはただの面倒である。

だって連立方程式のほうが簡単なのだから。


鶴亀算はいらないものであるとは言わないが、問題文に鶴亀算を使用して説くこと!と書いてある問題以外は別に連立方程式で説いていいと私は思う。

問題文に書いてあるならその方式で問題を解いていなければ正解ではない。

というのは正しい問題である。

いい問題であるかは置いておいてだが……


例えば鶴亀算で解ける問題を連立方程式で説いても答えは違わないように、道筋が違ってもきちんと答えにたどり着くことができるものはこの世の中にはあふれている。

ただそれが難しい方法なのか簡単な方法なのか、優雅なのか無骨なのか、時間がかかるのか素早くできるのか、目的に合わせて使う方法を変えるだけのもののはずなのだ。


例えば小学生の先生が問題文に「ただし鶴亀算を使用して問題を解くこと。」と記載のない問題で、まだ教えていない方法だからという理由で連立方程式を否定するならば、その教師は教え子の未来を摘み取ったのと等しいと気が付いているのだろうか?

もし問題文に「ただし鶴亀算を使用して問題を解くこと。」と記載があったのであれば、ルールを順守することの大切さや、注意を払わないとだまされることがあるというった内容が学べるからまだいい。

故に、問題文に「ただし鶴亀算を使用して問題を解くこと。」と記載のない問題で、連立方程式を用いて問題を解いた生徒がいる生徒がいたのであれば、正解だと認めてあげた上で鶴亀算を理解しているかを確認することが正しい教育であるのではないかと私は思う。


教師が間違えと多様性の違いをよく理解する必要のある内容だと私は思う。


著:自分は恵まれた教師に教われた者


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