小説を選ぶ
漫画と小説があったとして、小説よりも漫画のほうが読み終わったときにつかれないのは当たり前である。
同じ紙媒体で、内容を同じくらいの量に調節したとしても読み終わった後につかれるのは小説だ。
もち上げて重いからとかそういう話ではない。
純粋に脳みそを使う量が小説のほうが多いのだ。
小説は文字を自分の脳みそ内で組み上げ、風景を想像し、主人公の顔を想像し、そのシーンを再現する。
それに対して漫画はすでにその情景が描かれている。
それが疲れの差であるのだ。
確かに読者が自分の頭で想像する労力があるのだから小説のほうが付かれるのは当たり前だろう。
だからこそ小説よりも漫画を読む人のほうが多い。
さらに言えば漫画よりもアニメのほうが疲れない。
なぜなら、漫画では吹き出しの声を自分の中で想像しなければならないし、戦闘シーンでもあるものなら描かれていない部分は自分の脳みそで補完しなければならないのだから。
面白いのはここからだ。
小説にあった想像するための労力はなくなったわけではない。
漫画家がその分絵を描く労力で補っているのだ。
例えば情景や風景。
別に文章で情景を表現することが、絵で表現することより簡単とは言わないが、漫画は似たようなシーンのすべてに背景を書く必要があるが、小説は最初に説明する一回で済むことが多い。
小説では必要な描写の説明だけでいいが、漫画ではそれ以外のあってしかるべきな要素をすべて書く必要がある。
例えば学生一人を書くにしても、小説では性別、服の種類、その人の顔立ちでも書けばそれで済むことが多い、しかし漫画ではそれらに加えて服のデザイン、服の色、髪の毛の情報量、それらも書く必要がある。
そしてそれをその人物が登場する分描かなければならない。
これほどの労力をもってして漫画は描きあがる。
読者が自分で想像しなければならない分を作者が肩代わりしているのだ。
アニメなんてそれを何枚も重ねてなめらかに動かし、さらには声もつける。
だからと言ってアニメや漫画のほうが上だとかは言わないが、読者が楽なのはアニメや漫画のほうが読みやすいだろう。
さて、そんなことをわざわざ説明したのはほかでもない、今ここで文章を読んでいるあなたはそんな苦労があるというのに小説を読んでいるすごい人だと言うことだ。
別に漫画やアニメを選ぶことが悪いことではない、小説も選ぶことが素晴らしいのだ。
せっかく楽しいものが世界にはあふれているのに味合わないのはもったいないだろう。
楽しいことをするのにほんの少し努力しなければならないならそのほんの少しの努力をする者を私は称賛する。
これからも是非続けて欲しい。
著:通りすがりの小説好き




