引く手はどこをつかむ
例えば自分が今までの2倍頑張ったとしてその頑張りを理解してくれる人はどれだけいるのだろうか?
例えばその頑張りが数字になっているのであればだれから見てもその人が今までの二倍頑張っていることが分かる。
でも多くの頑張りは外に見せるものではない。
仮に頑張っているんだよと結果を外に出していたとして、それを褒める人はどれほどいるだろうか?それを頑張っていると認めてくれる人はどれほどいるだろうか?
自分より頑張っていないから君は頑張っていないという人がいるかもしれないし、頑張っているアピールとバカにしてくる人もいることだろう。
一部の人が誰かの頑張りを馬鹿にするのはその一部の人が頑張ることが出来ないからだ。
頑張る理由を自分の中に持つことが出来ない。
そして誰か頑張っている人を見つけるとその人の足を引っ張り「ほら、お前もこっち側なんだよw」ともっともなことを言う様に人を傷つける。
その足を引っ張られた人は足を引っ張られなければその努力が実ったかもしれない。
例えば足を引っ張るにしてもシチュエーションというものがあるだろう。
悪意のある足の引っ張りと能力が低いが故の足の引っ張りがあると私は思う。
先ほど語った内容が悪意ある足の引っ張りだというのであれば、能力が低い故の足の引っ張りとはどういった物だろう?
それは自力では上に上るのに時間がかかる人のことだ。
つまりほとんどの人間のことだ。
あなたは自力で進歩してきただろうか?
私は自力で進歩してきてはいない。
様々な人に押され、引っ張られ、なおかつ自分で登ろうとしてきている。
学校で何かを学ぶのも、友人と強くなるためにゲームをするのも、親に養ってもらっているのもすべては自分が上に上るためなのである。
例えば学校で私に何かを教える時間を他の生徒に充てられたのであれば、誰かほかの生徒がより上に行けることだろうし、友人は私とゲームをしている時間で友人よりも強い人に教えてもらってるよくなることが出来るだろし、親も私にかけるお金を他のことに回すことが出来ただろう。
これを足を引っ張ると言わずして何というのだ。
私が進歩するうえで多くの人の足を引っ張ってきたのは紛れもない事実だ。
でもきっと私はその人の足を引っ張りたくて引っ張ったんじゃない。
私の能力が低いからみんなの足を引っ張ったのだ。
能力の低い人が足を引っ張るなんて当たり前のことなのだ。
当たり前じゃないのは悪意を持って誰かの足を引っ張り、何の進歩もなく誰かの歩みを妨げる者だ。
進歩したい者よ、大いに足を引っ張るがいい!
次の時代を作るのはきっと今は能力の低いあなたたちだ。
足を引っ張りたい者よ、滅びるがいい。
君たちは次の時代を作ることはない。
先の時代の人はその前の時代の人の足を引っ張った……
いや、先の時代の人はその前の時代の人に手を引っ張られたのだ。
頑張っている人の手は取りたいものだろう。
人間には手が2本もあるのだ、2本とも引っ張ってもらえばいい。
そうすれば2倍頑張った結果としてはふさわしいのではないかな?
著:人間の手は2本あるので二倍までなら努力ができると思っている者




