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成長と無理と優しい世界

人間がもう少し余裕のない設計だったら、世界はもう少し人間にやさしかっただろうか?


肉体的な話でもあるし、精神的な話でもある。

ここで言う世界は地球のことでもあるし、人間社会のことでもある。


そもそも生物には弱いものを守ろうとする本能があるらしい。

であるならば守られることのない人間は強い人間であり、なぜかその強い人間は虐げられる。


なぜ人間は守ってくれる存在である強い人間を傷つけ、自らが矢面に立とうとするのであろうか?

自分が活躍したいから?

自分が称賛されたいから?

もしそうだとしても、自分より優秀な人間を排除してなんのメリットがあるのだろうか?


例えば、自分より優秀な人間を全て排除したのであれば、その人は人類の中で最も優れた人間であるだろう。

これはとても論理的な答えであり、自分が人類で一番になるための一番確実な手段である。

でもそれは自分以外は全て自分以下の存在であり、守るべき対象であり、自分を排除するかもしれない存在だ。

だって他ならぬ自分がそれをしたのだから。


これを続けていけば、人間は素晴らしい底辺まで旅立つことができることだろう。


人間が上の人間を基準にして、それを追いかけるように努力するのであれば、人間はさらに高みへ向かうことだろう。

でもそれは能力の低い者からしてみれば、当然苦しい道を作られたと言うことだし、彼らが努力しても暗い未来しか待っていないかもしれない。


だからこそ強いものは弱いものを救うのだろう。

強い者が弱いものを救うのは、同族を守ろうという本能でもあるかもしれないし、自分が同族に恨まれないようにする自衛策かもしれない。


優秀な者が平均レベルのことをすれば余裕があるし、優秀でない者が平均レベルのことをすればそれは苦難に満ち溢れるだろう。


優秀なものは優秀であるが故に、苦難が襲いかかっても頑張ってしまう。

優秀でないものは優秀でないが故に、苦難に打ち勝つことができないかもしれない。


人間は比較的余裕のある構造の生物であると思う。

だから無理をしようとすればできてしまうし、自分が無理をできるのだから他人も無理をできると考えてしまう。

どちらにしろ無理をしていることに変わりがないのにだ。


私が一番問題があると考えるのは、他人が無理をさせようとすることである。

他人が無理をさせるのであれば、自分が無理をさせないように気を使う必要があり、その人の成長を妨害するだろう。

逆に他人が無理をさせないように気にかけ、自分が自分に無理を強いるのであれば、きっとその人は成長できるだろう。


人間が辛くて壊れてしまうのは、無理をさせる人が間違っていて、両方が自分に無理を強いるからだろう。


人間が壊れずに成長するには世界が優しくあるべきだと私は思う。


著:辛いことは嫌いだが成長しなければと焦る者


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