異性を見る視線
僕は異性に視線を向けないように気をつける。
それは単に異性のことを意識してしまうからだ。
意識をしていないというのは視界に入っても何とも思わないことであり、
視界に入れようとすることも、視界に入れないようにすることも、そのどちらの行動も相手のことを意識していることに他ならない。
異性を意識しているならば、相手に気取られないように視界に入れ、眼福とでも言えばいいじゃないかという人がいるかもしれない。
それもある意味正しい行動だろう。
どうせ道を歩いていても、電車に乗っていてもなんやかんやで視界に入ってくる。そうであるのであれば、わざわざ避けずとも視界に入っている間くらい楽しめばいいではないかと僕もそう思う。
ではなぜわざわざ視界に入れないように気をつけるのか?
その答えは異性のことを性的に見てしまう、見えてしまうからだ……
これは仕方がないこととはいえ、自分が意識もしてない相手から性的な目で見られて嬉しい人は少ないだろう。
もしみんながみんな異性に性的に見られて嬉しいのであれば、痴漢や痴漢の冤罪といった性犯罪などは存在しないだろう。
僕が異性を視界に入れないのは、異性をそういった目で見ないようにするためである。
いや、見ないためという言い方は正しくないな。
見てしまうから見ないようにしているが正しい。
だって、道ゆく多くの異性は僕の目にかっこよく映るし、可愛く映るし、色っぽく映る。
常時発情しているつもりではないが、異性が魅力的に見えることに変わりはない。
異性を視界に入れないというのは僕なりの誠意であるし、相手に不快な思いをさせないようにするエチケットである。
僕が他人に性的にみられているのであれば多くの場合光栄だと感じることだろう。
でもさすがに知らに人にすべてを知られていることは怖いと思ってしまうかもしれない。
こればっかりは実際に体験してみないと何とも言えないが、随分とこういった官女が雑な僕ですら怖いと感じてしまうかもしれないという疑念があるのだ。
そうであれば、多くの場合知らない人にそう見られるのは怖いと感じるということだ。
例えばナンパされたとしよう。
ここでのナンパはいわゆる逆ナンと呼ばれるものも含むことにする。
ナンパされるということは、「私はあなたを性的な目で見ています。よろしければお付き合いから始めませんか?」こう言っているようにも聞こえる。
つまりただの自己紹介だ。
そこにちょっとだけ、あなたのことを性的に思っているという付随情報があるだけなのだ。
何か組織に属するときは同じ仲間同士自己紹介をするだろう?
つまりナンパは同じ人間同士だから自己紹介をしようとしているだけだともとれる。
ただ遠くから性的な目で見続けるのと、ナンパ(自己紹介)してお付き合いを申し込みながら性的な目で見るの、どっちがいいかという話にもなるかもしれない。
前者は気が付かなければ心の平穏が保たれるが、後者は直接的なことを言っている分、建前を大事にしている人からしてみるとそれにこたえることはできない。
でも後者は最初からあなたに好意のある人が言い寄ってきているということが分かっており、恐怖を感じることは少ないだろう。
逆に前者は気が付いてしまえばとても恐ろしいと感じてしまうかもしれない。
俗にいうストーカーというものに非常に近くなってしまう。
ではこれらを踏まえて考えて欲しい。
遠くから何も言わずに見ているだけの怖い人と、直接的でほんの少しの残念さを感じさせるナンパ者、あなたはどちらと見られたいですか?
僕はとりあえずどちらもしないように気を付けています。
著:自分の目線と他人の目線を気にする者




