恋愛強者は距離が近い?
人との距離感は自分で決めれることがほとんどだ。
距離を取りたい人に対しては距離を取り、お近づきになりたい人には距離を近くして接する。
多くの場合はこれでお互いの距離感が決まる。
例えば、お近づきになりたいと思った人に近い距離感で話しかけたとしよう。
相手も近い距離感で接してくれれば目標達成だ、何も問題はない。
だが、相手が距離を置いて接してくるのであれば、それは相手の距離感の理由を考えてあげる必要がある。
それができる人がたぶんいい人となるのだろう。
例えば自分が好きになった人がいて、その人と仲良くなりたいのであれば、なるべく近い距離で接すればいいだろう。
近い距離で接すれば、相手が嫌な気持ちにならない限り、似たような距離感で返してくれるだろう。
そして徐々に距離を近づけていけば、いつの間にかものすごく近い距離感になれるだろう。
距離の詰めかたは大きく詰めてもいいし、ちょっとずつ詰めて行ってもいい。
でも詰めすぎて拒絶されてはいけない。
拒絶されて仕舞えばそれまでだ。
現代はようやく他人との距離感を気にするという文化が平等になってきたと思う。
男女平等を大切だと認識し、偉い人という者が存在しないことにようやく気が付いてきたのだ。
昔は偉い人が距離を詰めればそれで距離感は決まった。
でも今はお互いが距離を図らなければならない。
これは平等になった証拠だろう。
今も昔も変わらないのは距離を詰めることのできる人が、コミニュケーション能力が高いということだ。
恋愛においてもこの考え方は重要だろう。
告白は男からという文化は、男性が女性よりも優位にいたことの証明であり、男尊女卑があった確固たる証拠ではないかと思う。
男性が選んだ女性に告白をする。
昔はこれに女性の意思は関係がなかった。
でも時代が進むにつれて女性の意見が入るようになり、告白を受け入れるか拒否するかが選べるようになる。
そして今は女性が選んだ男性に告白をするようにもなってきた。
選ぶ側の人間と選ばれる側の人間が居るのは、どちらかが先にアクションを起こしたからであり、そこに優劣はない。
喜ばしいことだ。
だがまあ男性も強気に行動できる理由がなくなったわけで、恋愛ができる人も減ったことだろう。
顔がいい人というのが恋愛を知るにあたってアドバンテージがある人は強気になれるだろう。
でもそれ以外の人は何か強気になれるアドバンテージがきっと必要だ。
結局は恋愛ゲームと一緒だ。
自分が愛されると信じ、相手を愛して落とすのだ。
距離を詰め、愛を囁き、もし驚いて相手が逃げるのであれば逃さないように捕らえる。
嫌がって逃げるのであれば話は別であるのだが……
そこの見極めは難しいが、それ以外で言えば絶対積極的な人のほうにアドバンテージがあるだろう。
だからきっと恋愛強者とは距離の詰め方が上手なのだ。
え?私がそれを実践しているかだって?
ご冗談をw
私は相手が嫌な気持ちにならないように全力で距離を詰めすぎないように気を付けていますとも!
著:優柔不断な恋愛弱者




