心の声が聞きたい
俺はよく物語に出てくる「心の読める能力」にあこがれる。
だって便利だろう?相手が何考えているかわかれば変に気を使わないで済むし、付き合うやつも選びやすくなるだろう。
心の声が聞けることでよくないものから身を守れるのはもちろんだ。
俺様のことを心の中で悪く思っている奴らなんて腐るほどいるだろう。
表ではいい人ぶってる奴なんて心の中で何を思っているかわかったもんじゃない。
真に心がきれいな心を持ち、裏表のない人物がいたとしてもそれはそれで俺は苦手な人間だと思ってしまうだろう。
それはそれで構わない。
自分の苦手な人種に近づかないことはそれだけで世界の平和につながるのだから。
なぜなら、まず自分の心の平穏が保たれるのは確実だろう。
その分俺は世界にやさしくできると思う。
だが俺が一番心の声を聴きたいと思えるのは、自分に向けられる愛だ。
俺は人の気持ちに敏感ではない。
そして認めたくはないが俺はさみしがり屋なんだろう。
今も人の愛を求めているが自分が愛を受けている実感は持てない。
それは愛が聞こえていないからだろう。
言葉にしてくれれば愛を感じられる。
そして言葉にしなくとも心の声が聞こえれば愛を聞き取ることもできるだろう。
自分の言葉に出せないに出せない愛を聞き取ってくれる人が現れてくれてもいい。
誰かが俺を愛してくれる、そして俺の愛を聞き取ってくれるそんな出会いを俺は求める。
完璧な永久機関だ。
お互いに愛を与え、お互いに愛を得る。
お互いに心の声が聞こえればそれができるだろう。
しかし今、現実に心を読む能力はない。
物語でも人の心を読めた人が心を読むことができなくなったときに、他人のことが信じられなくなるだろう。
そして、心の声が聞こえる能力にあこがれればあこがれるほど、俺は人の言葉を信じられなくなるだろう。
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