ラブコメから学ぶ恋愛理論
ラブコメというものは他人の恋愛を読むから面白いのか、主人公を自分に置き換えて読むから面白いのか、そのどちらでもあるのか。
まあ、楽しみ方は人それぞれだ。
でも、癖の強いラブコメはきっと読んでいたほうが楽しい。
でも、ただ幸せを振りまくだけのラブコメは主人公を自分に置き換えて読むほうがきっと楽しい。
ラブコメの始まりの多くはどちらかの勇気だと思う。
どちらかの告白、どちらかの勇気ある行動等どちらかが相手にとって魅力的な行動をとり、それに惹かれた相手がそれにこたえるからこそラブコメは始まる。
ラブコメ作品を読んでいると心が温かくなるような気がする。
誰かが幸せであるということで自分の心もいい気分でいられる。
これはきっと素晴らしことである。
逆に嫉妬している人がカッコいいだろうか?
幸せそうな人を妬み、幸せそうにしている人に呪いの言葉を吐き、自分の思い通りにいかなかった人物はいい人間ではない等とのたまう。
私はそんな人をカッコイイとは思えない。
ラブコメを読んでいると登場人物に感情移入をする。
ドキドキ、わくわく、甘々、せっかく感情移入するなら幸せな感情を味わいたい。
でも不思議なことに現実ではこれらで味わった感情と酷似する者に出会った気があまりしない。
不思議なものだ、世界にはカップルや夫婦、恋がしたい少年少女、恋を感じ取れるはずの人がこんなにもいるのに私は世界からこういった感情を味わったことがないんだ。
ましてや自分がラブコメの主人公に感情移入していた時と同じ感情が沸き上がったことがない。
前提条件として私は恋をしたいし、恋人が欲しいと思ったことも何度もある。
普段から相手に嫌われるような行動を避け、相手に好意的に接しているつもりだ。
好きな異性を見れば、かわいいな、かっこいいな、素敵だな、と様々な感情が沸き上がる。
でも、ラブコメから感じるあの感情の強さに遠く及ばない。
なぜだろう?
これはただ私が現実の異性に対して恋をしていないからなのだろうか?
それとも私が恋というものをまだ理解できていないのだろうか?
それとも私が臆病で行動できていないだけなのだろうか?
まさかこれほどの量のラブコメを読んでいる私が恋を知らないなんてことはないだろう。
子供が様々な知識を教科書で学ぶように、私はラブコメを読んでいるので恋を知らないなんてことはないだろう。
だからきっとラブコメから感じ取れる恋心は正しい。
あんなにも私の心を動かしてくれるんだ、あれらの感情はきっと本物だろう。
だからきっと間違っているのは現実の方なんだ、きっとそうに違いない!
著:恋を知らないラブコメ好き




