心もきっと死ぬ
人の心はたぶんそんなに強くない。
簡単にすり減るし、時には壊れてしまう。
心が強い人はきっとこのすり減る速度が遅いのかもしれないし、そもそも容量が大きいのかもしれない。
でもそれだけじゃない。
多分心の強さは多くの人は心の回復速度に依存していると思う。
心は一人でいてもすり減るし、ストレスが溜まっていてもまたすり減る。
人に傷つけられれば傷つくし、時には折れてしまうかもしれない。
でも多くの人が翌日には元気になっていたりするのはきっと寝ているうちに回復したのかもしれない。
楽しいことをしていても心の耐久値は回復するし、癒されていても耐久値は回復するだろう。
普通に生きているだけで人は傷つき、普通に生きているだけで心は回復する。
例えば心の耐久値を数字で表してみたとする。
例えば心の耐久値がMAX100の人がいたとして、その人の心の耐久値は常に100であるわけではない。
調子が良くても100になる時間は少なく、生きているだけですり減る分がすり減っているだろう。
だからきっと調子がいいときは90台を上下しているのだろう。
普段からそんなに心の調子がいい人もいないだろう。
ということはまた少し下がった値が通常時の心のすり減りだろう。
だからきっと通常時は80台を上下しているのだろう。
でもそれは朝の話だ。
朝寝て起きたら多少回復してると言った通り、朝だから高い数値が出るのだろう。
そして夜になるころにはその日一日の疲れでまた少し下がった値が一日の最後の心のすり減りだろう。
だからきっと一日の最後は70台を上下しているだろう。
本当にそれだけだろうか?
人に傷つけられたり、仕事で大変だったり、環境が悪かったり、人間関係がうまくいかなかったり、叱られたり、怒られたり、失敗したり、様々な要因でこれより数値は大きくすり減らされるだろう。
では、もし心の耐久値が0になったら人間はどうなってしまうのだろうか?
でもきっとそれは心が死んだ状態といってもいいのではないだろうか?
HPだって無くなれば死んでしまう。
であるならば心の耐久値がなくなったら心が死ぬのは当然のようにも思われる。
心だって死ぬのだ。
生きるために頑張るのはいい。
辛いことに立ち向かう人は勇気がある人だ。
でも心を殺してはいけない。
それは自殺に等しい。
自殺に等しいということは他人がとどめを指せばそれは他殺だ。
何が言いたいかというと人を傷つけてはいけない、自分を傷つけてはいけない。
皆小学校で習ったでしょう?




