活力
僕は将来について考えた。
大人はよく「将来は何になりたい?」と聞いて来る。
しかし僕には答えることが年々できなくなっていった。
幼い頃は少しでもやってみたいことが将来なりたいものであった。
あの頃は活力に満ちていた。
今はどうだろう?
やりたいことは将来の仕事にしたいのか?
やりたいことは将来仕事として成り立つのか?
やりたいことで食べていけるのか?
僕にはわからない。
大人はよく「将来のために勉強しなさい」といってくる。
将来の就職のために、将来食べていくために。
とても納得がいく!
まさにその通りだ!
でも何を学べばいいのだろう?
数学、英語、理科、社会はたまた道徳かもしれないし、美術や音楽の芸術かもしれない。
僕は美術が好きだ。
人の心を表現する、人の心を揺さぶってくれる、いい活力となる!
しかし、僕は自分の絵が嫌いだ。自分の頭の中で描いたものがそのまま出てこない。
一枚の絵を完成させるのに大きく活力を消費するのに得られるものがない。
これを将来仕事としてやっていけるだろうか?
生涯続けることができるのだろうか?
僕は音楽が好きだ。
人の心を表現する、人の心を揺さぶってくれる、いい活力となる!
しかし、僕は自分の音楽が嫌いだ。自分の中で思い描いた音が出ない。
歌っても音程が合わない。楽器を弾いてもテンポがずれてしまう。
一曲演奏することにも、一曲歌うことにも多くの活力を使用する。
これを将来仕事としてやっていけるだろうか?
生涯続けることができるのだろうか?
僕は数学が苦手だ。
過去に後れを取ってしまったからである。
今もまだ遅れは取り返せていないのではないかと思う。
でも必要だといわれる。
僕は英語が苦手だ。
国語すら昔は苦手だった。
人よりも語学の習得には時間がかかる。
未だに追いつけない。
単語が頭に入らない。
それでも語学は意思疎通に必要だ。
未だにテストで習った英語でしゃべったことがない気がする。
僕は道徳が嫌いではない。
様々な人と心地よい世界を生きることの助けとなるものだと僕は思う。
でも時間の無駄だといっていた知り合い達がいた。
ある人は、当たり前だ!この内容についてはすでによく検討して自分の答えを見つけ出しているのだ!自分で考えることに意味があって、他人に教えられることは意味がないという。
ある人は、馬鹿馬鹿しい。人間は自分が一番大事で他人のことを考える余裕はないから無駄であるといっていた。
僕は一つの意見として理解した。
でも納得はしていないのであろう。
楽しくて好きなことでも活力を消費してしまう。
嫌いなことはもっと活力を消費してしまう。
嫌いでなくとも活力は消費されてしまう。
大人はお酒で忘れて活力を回復するらしい。
目標のある人は活力がわくらしい。
最近ではエナジードリンクという手があるらしい。
他にはどんな回復方法があるのだろうか?
自然な活力は少ないようにも感じる。
活力がわくまで待ってはいけないだろうか?
目標が見つかるまで無際限な努力をしなくてはいけないのだろうか?
それでも時間は待ってはくれない。
周りも待ってはくれない。
自分は追いつけない。
最善の未来をあきらめるべきだろうか?
自分探しの旅をすべきだろうか?
無理やりにでも頑張るべきだろうか?
僕はまだ決めきれない。
少なくとも目標は決まっていない。
いつか答えが出ることを信じて今日も考え続ける。




