4話
「今日は1人で帰ってるん?」
分け目が7:3…いや8:2分けでお下げ。
いかにも真面目さが伝わる黒縁眼鏡。
…誰や。この子。
「そうやけど…えーと…ほんまにごめん、どちらさん?」
少しあきれた顔をされた気がするけど、
彼女はまっすぐあたしを見てきた。
「同じクラスの飯島真江やねんけど」
「あ~…ほんまにごめん…あたし人の名前覚えるの苦手やねん…」
「まぁ私、影薄いしな。それはおいといて。佐藤さんに話があんねん」
「え?なに?」
眉間にシワを寄せるあたしとは逆に、
飯島さんは神妙な面持ちで口を開いた。
「単刀直入に言うけど。私と漫才せーへん?」
「へっ?」
「私とコンビ組んで、漫才してほしい」
こいつは勉強のし過ぎで頭がイカれてるんや思った。
でも今考えたら、完全に本気の眼をしてた。
「え、どういうこと?」
「まだ分からん?」
「あ、文化祭の出し物でやるってこと?」
飯島さんは少し考えて口を開いた。
「…まぁ、ファーストステップはそんなもんかな」
「ファーストステップ…?」
「私、高校卒業したらお笑い芸人目指すねん」
「え、見た目と発言が完全にすれ違ってるで?」
突然の告白やのに、冷静な突っ込みをしたあたしを笑いながら
詳しくは帰りながら話そうと歩き出した。
「私、昔から親に勉強勉強言われて育ってきてんけど。
唯一の息抜きがお笑い番組を見ることやってん」
「………」
「その時だけは親も笑ってて、その姿見たら安心するって言うか、
私がたまにボケたり突っ込んだりしても笑ってくれるし」
なんか…うちと似てるな。
うちは勉強勉強言わんかったけど親が笑ってる姿見たら
今日は機嫌良いんやな~って思うから、安心するのはなんか分かる。
飯島さんも親の顔伺いながら生きてきたんやろか。
「現実的にかなり厳しい事は分かってるけど、だんだん本気でお笑いをやりたいって気持ちが強くなって。でも、ピンでやるのは嫌やし、漫才が好きやから相方を探してた。そんな時に佐藤さんのギャグを見てん」
「えっ?あの滑り倒してたやつ?」
「あの時は確かに滑ってたよな。でも私、感動して言葉を失ってん」
「ちょっとはフォローして……で、何が感動したん?」
「佐藤さんがおもろい事はたまに廊下で見かけてたから知ってたけど、
あのクソ真面目達の中で、あんなギャグをしたのは肝が据わってる思った。
んで将来の相方はこの人やと直感で感じた。」
(相方て…本気やん、こいつ)
「佐藤さんの人生を狂わせる事になるかもしらん。
女の芸人なんて女を捨てるようなもんやし…でも絶対後悔させへんから!
私と漫才してほしい!」
飯島さんはそう言いながら、
両手を合わせて頭を下げてきた。
「えっと…あたしも…お笑い好きやけどさ!
ただ友達とか周りの人を笑わせるのが楽しいだけやから…芸人にまでなりたい思わんねん…ごめんな」
「そっか…でも、その答えは想定内やったから大丈夫。
とりあえずさ、文化祭で漫才やってみーひん?」
「え?」
「お願い。私、学校では普段インキャやから周りを笑わせたりしたことないし、
自分が今どれくらいのレベルなのか分かりたいねん!ネタはもちろん私が考えるし!」
正直、やりたい気持ちはある。
いつもみんなを笑わせたい一心で学校行ってるようなもんやし。
「うーん…分かった。やろう。」
「へ…ほんま?!」
「高校最後の思い出やと思ってやる!
でも、あたし漫才初めてやから自信ないけど」
「大丈夫!私がサポートするから!任せて!」
こうして文化祭までの期間限定コンビというカタチで飯島さんの相方になった。