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タフ・ラック  作者: 侍夕一
序章
7/12

Lucky lovers

その日の寝付きは異常によかった。

いや、間違いなく異常だった。

眠くもなかったし、考え事の真っ最中だったのに、プツリと意識が途絶えたのだから。


けれど寝ている俺はそんな事態を考察する事はできなかった。

目の前のもっと直接的な脅威、妙にリアルな夢と直面していたからだ。


城の中のどこかのバルコニーに俺はいた。

よく某会社のアニメ映画で、お姫様が夜空に向かって歌を歌うあの場所を想像して貰えばいい。

目の前には黒いドレスを着た若い女性が立っている。

柱の影になっている上にうつむいているので顔は殆ど見えないが、微かに見える部分に関してだけ言えばとても美人だった。

しかしそれより目を引くのは、黒いドレスの上にサラサラと靡く銀髪だ。

柱の影に隠れるように立っている彼女の髪が風に攫われ、月明かりにその美しさを暴かれる光景は、最早神秘的と言っていいものだった。


「……すごい」


素直に口をついて出た言葉だった。

しかし目の前の月下美人は特に反応を示さず、俯いたまま沈黙を保っている。


「あ、あの…ここって城のどこだか分かったりします?

俺来たばっかりで……」


「……………………」


「………あ、もしかして、誰か待ってたりします?呼んできましょうか?」


「…マッテル……マッテイル…アナタ……チガウ」


口が聞けないわけではないようだ。

だが、お喋りする雰囲気ではない。というかすごく気まずい。


「…ゴホン、じゃあ俺はお暇しますね!」


そう言って立ち去ろうとすると、ものすごい勢いで腕を掴まれた。


「ダメ…イッテハダメ…」


腕を掴む力がどんどん強まる。それにつれ、なんだか彼女の手が大きく…


「痛っ!あの、手が……」


「イクナアァァアァアァアッ」


全ては唐突にして一瞬だった。

白く美しかった手…そして全身は見る影もなく膨れ、捻れ、泡立つ。

俺の手を掴んでいるものはもはや原型を保っておらず、指の骨だったものが指先を突き破り猛禽の爪のようになっている。

その悍ましい肉の塊は抗い難い力で俺を引き戻し、引き摺り倒し、挽き潰した。



「うあああああああああああああ」


自分の断末魔と共に耳に入ってきたのは虚で、しかしはっきりとした声だった。


「私、綺麗?」


肺が破れそうだ。視界が滲んでいる。耳鳴りが徐々に収まり、自分の荒い息が聞こえ始めた。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハァ、はあ〜……」


夢だ。もう目覚めた。

寝起きと恐怖で痺れた脳がやっとそれを理解すると、呼吸はすぐに落ち着いた。

服が汗でべったりと張り付いて気持ち悪い。痛みはないが、肉や骨がぐちゃぐちゃに引き潰される感触が脳に焼き付いて離れない。

間違いなく自分史上最悪の悪夢だった。

思い出したくもない。早く忘れよう。


まだ相当早い時間なのだろう。

カーテンは開けられていないし朝食も届いていなかったが、今はこの部屋にいるのが嫌で、特にどこへ行くでもなくドアを開けて廊下に出た。


部屋を出て戦慄した。窓は所々割れ、廊下や壁は削れて何かが這ったような跡が付いている。

しかしそんな事がどうでも良くなる程異様なものが目に入った。

床や壁のあちこちに、血文字で同じ文章が繰り返し、繰り返し書き殴られていた。


   「REMEMBER ME」


異邦の地で馴染みのある言語に出会う事が、こんなに不気味だとは思わなかった。


程なくして、人が集まってきて俺の部屋の前の廊下は騒然とし始めた。

真面目な顔のルナが近付いてくる。


「どうも。リナ・ビアトリソです。」


「それそんな気に入ったの?

全然今そういう空気じゃなかったじゃん…」


「はぁ…そんな事どうでもいいんですよリトさん。

ただ事じゃないって見て分からないんですか?」


こいつ……


「さて、アイスブレイクはこのくらいで。

リトさん、昨日の夜、何か見ました?」


「いや。不自然に眠ってしまって何も見てない。」


「…そして、代わりに汗びっしょりになるくらいの悪夢を見たと。」


ルナが俺の服を指差して言う。

何か心当たりがあるような口振りだ。


「その通りだ。」


「……リトさん。緊急事態です。私達から離れないでくださいね。」


ルナのその言葉と共に、どよめく人の群れから一昨日の男魔導士、俺と同じ顔の男が出てきてこちらに近付いてきた。

鎧を着込み、両手に大きな荷物を持っていた。

右手には大きな旅行用カバンを持ち、背中には大人一人分の身長より少し長い板状の物に布を巻きつけたものを提げている。

板の先端には剣の柄が見える。

剣…なのか?

振るうには余りに大き過ぎるが。


「まだ挨拶していなかったな。

リト殿、俺はアベリア・ベイル。

宮廷魔導士 兼 王国騎士団団長だ。

君達の戦闘指南を務める事になった。

だが今日は、君達の護衛だと思ってくれ。」


ヤンキーと女子高生も既に起こされて軽い事情聴取を受けたようで、アベリアの後ろをついてきていた。

顔色を見るに、俺と同じ悪夢を見たようだ。


いつの間にか集まっていた人だかりは散り、廊下には全く人がいなくなった。

恐らくどこかに避難したのだろう。

辺りが静かになった頃合で、ヤンキーもといレンが口を開いた。


「そろそろ聞いてもいいか?

この廊下の有様の原因と、昨日の夢との関係」


「……ついてきてくれ」


アベリアはそれだけ言って、這ったような跡と血文字を辿るように歩き出した。

それを見たルナが代わりに口を開いた。


「…唄う魔物・ルヴィオラです。

貴方達のように声を聞いた者を、眠らせて悪夢を見せる魔物です。

何度か城内に姿を現しましたが、犠牲者は今の所出ていません。

毎回タイミング悪く宮廷魔導士がいないので対処できなかったのですが、今日は…運が良かったんですかね…」


「城内に?そんな事がよくあるんですか?」


思わず尋ねた。

もしそうならこの世界の戦況は芳しくない、どころの話じゃない。


「まさか。これまで城内に現れた魔物はルヴィオラだけです。」


「ルヴィオラじゃない。彼女であるはずがないんだ。」


唐突にアベリアが口を挟んだ。

強い語気に反してその声はとても苦しそうで、どういう意味なのかはとても聞けなかった。


「どーいう意味だ?ルヴィオラって誰なんだよ?」


レンが無邪気に聞く。

……まぁ今はこのデリカシーのなさが有難いかもな。


アベリアは何も言わず、また代わりにルナが答えた。


「…ベイル団長の恋人です。

色々と訳ありで、そして我々もその”訳”を完全には把握してないんです。

だからこの話は、また後でしましょう。」


何と言えばいいのか全く分からない。気まずい沈黙が流れる。

その沈黙をアベリアが破った。


「聞くまでもないかもしれないが……貴君達の悪夢に出てきた場所は、あそこか?」


アベリアが指差す先には、夢で見たあのバルコニー、そして夢で見たあの美女……の上半身と、それに繋がっている白い蛇の体があった。


そうです、と答える前に、ルナが小さな紙切れを掲げている事に気付いた。

ルナは大きく、しかし落ち着いた声で叫ぶ。


「護りし者。霧の勇者サリヴァンよ。

王国の眷属たる我に、徴を持って貸し与え給え!」


紙切れが光り、瞬時に燃え尽きる。

するとどこからともなく霧が出てきて、俺たちの体を包む。


「『霧の鎧』です。一部の魔法攻撃を防ぎます。これでル…唄う魔物に眠らされることはありません。」


…うわあ、まさかこういうセリフを俺も叫ぶ事になるんだろうか…俺今年で22なんだけど……


バルコニーにいる怪物は、ルナの声でこちらに気付いたようだ。

だが、昨日のように啜り泣く様子はない。

何も声を発さず、ただじっとこちらを。

いや。アベリアを見ていた。


「……これが彼女であるはずがない…だがもし……」


その場の全員が、固唾を呑んで次の言葉を待っていた。

目の前の魔物すら、じっと動かずにアベリアを見つめる。

まるで俺たちと同じ様に次の言葉を待つかのようだった。

アベリアは、無言で荷物を下ろし、右手に持っていた大きな鞄の中身を出した。

それは、とてつもなく高い厚底の靴だった。低く見積もっても60センチはあるだろう。

しかも、シンデレラの靴のようなガラス製だった。

…とてもじゃないがカッコいいとは言えない。


「……カッコいい…!」


先ほどまで一言も発しなかったJKが、興奮した様子で言った。

嘘だろ?

…というか今日最初の発言がそれかよ!


アベリアは背中から剣を外し、巻いてある布を取り去った。

異常に大きい刀身が露わになる。こちらもガラス製だ。内部に赤い芯が通っている。

…こっちは俺の目から見てもカッコいい、というか美しかった。

芸術作品みたいだ。


アベリアが3メートル近くあるその剣を軽々と持ち上げ、ガラスの靴を履く…というより靴の上に乗っても、魔物はじっと見つめるだけだった。


「………襲え……俺を殺しにこいよ…!

…頼む…」


アベリアの声は震えていた。

残酷にも魔物は襲う素振りを見せず、こう言っただけだった


「How do I look?」


アベリアは暫く黙っていたが、徐々にポツリポツリと言葉を紡いだ。


「……綺麗だ……ルヴィオラ。

…済まない……待ったか?」


「I've just come.」


そして魔物は笑顔を見せ、両手をこちらに伸ばした。


「Abelia…」


魔物が言い終わらないうちに、轟音と共にアベリアが消える。

視認などとても出来ない、人間とは思えない速度で廊下を駆け抜け大剣で廊下を切り上げると、バルコニーが砕け散った。


アベリアはそのままバルコニーから飛び出し、空中にまるで地面があるようにガラスの靴で佇む。

そして……魔物は縦に真っ二つに切り裂かれ、瓦礫とともに声もなく落ちていった。


「…ルヴィオラ……俺は王国騎士団団長、アベリア・ベイルだ。

……こうすると決めていた」


誰も声を出さず、瓦礫が転がり落ちるパラパラという音だけが響いていた。


「……行きましょう」


ルナが沈黙を破り、俺含む転生者3人組に話しかける。

3人ともただ頷き、廊下を元来た方へ歩いていった。


「初日からすみません。今日の授業は中止です。」


ルナが俺たちに言う。

何の異論もあるはずがなかった。

聞きたいことは山ほどある。

だが、今ここで、に限っては何も聞きたくはなかった。

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