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タフ・ラック  作者: 侍夕一
序章
6/12

Lucky sleep

 昼食を食べ終わり一息ついていると、ドアから躊躇いがちなノックが聞こえてきた。

またルナが飯をたかりに来たんじゃないだろうな…

まぁ今は取られるものなどないが、一応警戒しつつドアを開ける。


 「ちょっといいか?」


 ドアの前にいたのは、一緒に転生してきた強面の青年だった。

今まで見る余裕がなかったのでガタイがいい位にしか思っていなかったが、近くで見るともの凄い体だった。

アスリートのように各所、特に腕と胸の筋肉が隆起しており、骨格も日本人とは思えない程恵まれている。

「喧嘩したら勝てない」とひと目で分かる肉体だった。

そして、日本人らしくない彫りの深い顔付きは美形ながらも異質で、恐ろしさをかさ増ししていた。


 「……すみません、今2万円ちょっとしか持ってないんです。

これで勘弁してください。」


 命を守る為に覚悟を決めて、財布を差し出す。

青年はポカンと財布を見つめ、慌ててかぶりを振った。


 「なんでそうなるんだよ!

つーか日本円をカツアゲしたってこっちじゃ使えねーだろ!」


 「ひぃっ!ごめんなさぃい……」


 「……思わずツッコんじまった…

違うんだ、その……謝罪に来たんだ。」


 「……シャザイ?シャザイって…何かの隠語ですか?」


 「そのまんまの意味だよ!!

…ゴホン…えと、なんだ…俺の印象がめちゃくちゃ悪いのはわかってるし、無理もないと思う。

だが少しでいいんだ。聞いてくれ。」


 そういうと、青年はおもむろに廊下の床に膝をつき、地面に手を置いた。

そしてゆっくりと体を前に傾け、地面に額が触れそうな程頭を下げた。

悪ふざけやおどけじゃない、「本気」の土下座を現実で見たのは初めてだった。

筋骨隆々のヤンキー入った青年が地面に這いつくばっている光景はとてもシュールだったが、笑う気は起きない。


 「あんたを痴漢だと決めつけた事、殴った事、全て間違っていた。

土下座くらいで許されるとは思っていないが、まずは謝らせてくれ。

済まなかった。」


 「…顔を上げてください。

あなたのせいじゃありませんよ。線路に飛び込んだのは俺ですから。」


 「俺があんたを殴り倒さなきゃ、あんたは余裕を持って女の子を助けられたかもしれない。

そうすれば線路に落ちる必要なんてなかった。

あんたもあの女子高生も、俺が殺したようなもんだ!」


 「結果的にこうして生きてるじゃないですか。それに、痴漢が突然逃げ出したら誰だって止めますよ。

ちょっと…いやかなり…いやめちゃくちゃ行き過ぎた手段でしたけどね。

とにかく、あれは事故ですよ。」


 仮に事故の結果俺が死んで、あの世で同じ会話をしていたとすれば彼を責めたかもしれない。

だが、俺はあの世ではなく異世界にいる。(これが恐ろしく壮大でリアルな夢オチか、トゥルーマンショーばりに大規模なドッキリでなければ、だが)

だから、怒りはなかった。

恐ろしい奴だとは思っていたが、今の態度を見るにそれも誤解だろう。

案外まともな性格のようだ。


 「…俺なりのケジメだ…受け取ってくれ………」


 ふいに彼はそういうと、右手の掌を目の前の地面に置き、どこからか小刀を取り出して小指にあてがった。


 「わー!!うわー!ちょっと、何してるんですか!

俺の話聞いてました?たった今気にしないでいいって言ったよね俺!?」


「遠慮しなくていい。これくらい当然のケジメだ。」


「してないけど!?」


普通に人の指が飛ぶところなんて見たくねーだろ!

こいつをまともだと思った数秒前の俺を殴りたい。


 「あっ!何ですかあれ!」


 青年の背後を指差して叫んだ。

振り向かせられるとまでは思ってない。一瞬意識がそれればいい。

案の定、目の前の青年は一瞬戸惑い、視線を動かそうとしたが、当然実際に振り向く前にこちらの意図に気付く。

だが意識が逸れた一瞬、確かに隙が生まれる。

その一瞬で十分だ。

勝機を見逃さず、思いっきり小刀を蹴り飛ばした。

ナイフは宙に弧を描いてくるくると舞い、青年の後ろにカランと音を立てて落ちる。


 ふう、と胸を撫で下ろしつつ青年を見ると、ぽかんとした顔でこちらを見ている。


「あ……いや…ちょっとした冗談のつもりだったんだが…」


「…冗談!?いやそれ……!

…洒落になってないですよ!」


 アンタのどう見てもヤクザな風貌じゃ誰だって本気にするわ、と喉まで出かかったが、なんとか踏み止まった。


 「さ、流石に悪質だった?

ごめん俺…友達とか出来たの初めてだから……冗談のタイミングとか言い方とかよく分かんなくて…」


 ぼっちヤクザは急にしおらしくなって頬を染める。


 「ヒロインぽいリアクションやめろ!なんでもう友達って体で進めてんだよ!」


 「あ、それよりさっきの不意打ち凄かったな!武道とかやってたのか?」


 「そうそう、実は合気道を…

ってなるか!

話の逸らし方があからさますぎるわ!」


 「わ、悪かったって。

詫びに何かするからさ、許してくれ。」


 「別にいらないけど……

じゃあ名前教えてくれよ。」


 俺がそう言うと、青年はポカンとこっちを見る。


 「え…名前?」


 「暫くは一緒に行動することになりそうだし、友達って言うなら知らないと変じゃないか。」


まぁ既に友達扱いなのは少し釈然としないが。


 「…あ、あぁ。俺は、大津 老練だ。縮めてレンって呼ばれる。けど、そんなの普通に聞いても教えるのに。」


 「筑波嶺俐与。リトでいい。

じゃあついでに、しばらく食事のデザートを譲ってくれよ。」


 「おう!それくらいお安い御用だ。あんた良いやつだな!」


 「じゃ、それで全部チャラってことで。」


 かくして俺とレンは知り合った。

レンとルナ。

なんだかんだ、俺は異世界生活二日目にして二人もの人間と友好?関係を結んだのだ。

文字通り新しい世界に「飛び込んだ」事を考えると、今のところうまくやっている。

それに、こんなに人と話したのは本当に久しぶりだ。

そんな事を考えながらベッドに寝転んで、30分くらい経っただろうか。

日差しが少し弱まってきた。

体感では2時くらいだ。


これから俺はどうなるんだろう。

1人になると嫌でも考えてしまう。

線路に飛び込んだはずが死ぬどころか念願の異世界転生で結果オーライ、ではある。

それは間違い無いのだが、今まで生きてきた全て、親しんできた全てといきなり引き離されるというのはやはりくるものがあった。

俺には友達などいなかったが、両親は今頃どうしているだろうか。


そういえば、あの女子高生とは、こっちに来てから一言も話してないな。

俺とは話したくもないかもしれないが、やはり気がかりだ。

彼女にも家族や友達がいただろう。

彼女は今どんな不安の中で耐えているのだろうか。たった一人で…

レンも…いや、あいつは元気そうだったな…


そこまで考えて、その先の記憶はない。

まるで気絶したように、眠ってしまったからだ。

意識が途切れる直前に聞こえたのは、いずこからか聞こえてきた微かな啜り泣きだった。

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