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タフ・ラック  作者: 侍夕一
序章
12/12

Lucky magic

参った。これはいよいよ行き詰まった気がする。

今のところ、俺が大人として最も取らなくてはいけない行動は、女子高生を元の世界に帰すことだ。

本人が強いならまだ希望はあったが、俺が0.5で、本人が0なんて詰みとしか言いようがない。

…レンに全てを賭けて、俺は足を引っ張らないようにどこかに消えた方がいいのだろうか?


「えっと…これは、遮断の属性ですね。」


「遮断?」


「魔力の通り道、"縁"を断つ属性です。簡単に言えば他人の魔法を阻害する魔法ですね。

非常に珍しく、使い方によっては強力な属性ですが、その性質上魔石と反応しないので、残念ながらMPを測ることができません。

しかし魔力の性質そのものに効力があるので、使いようによっては魔力を消費せずに戦えます。

ロマンがある属性ですね。」


「えっと、俺たちの属性は…」


「老練さんは木、リトさんは火の0.5ですね」


「0.5はもうわかったよ…」


ルナの残酷な軽口に応える気力はなかった。

それにしても火とは。どこまでも俺は運がない。


沈んだ俺の態度を見て流石のルナも気の毒に思ったようで、それ以上は何も言ってこなかった。


「さて、まあ気を取り直しまして!闘技場に向かいましょう!」


「え、もう?」


「魔法の使い方は、習うより慣れろ、です。

私が教えられるのは今日のところはこのくらいですよ。」


ルナがポンとひとつ手拍子を打ち、出口に向かって歩き出す。

俺たちもそれに続いた、その時だった。


「痛っ!」


バタン!という音と共に目の前の女子高生がうつ伏せにこけた。どうやら教卓の角に足を引っ掛けたらしい。


ふと机の上に目をやると、さっきの壺が、グラグラと揺れている。

そして、そのまま床に倒れている女子高生の後頭部に…


「危ない!」


反射的に女子高生と壺の間に飛び込むと、背中に衝撃が走る。

殴打の痛みと同時に、ミシミシと軋むような感覚とともに肺の空気が全て追い出される。

こんなに重かったのか。レンのやつ、軽々持ち上げやがって。

もっと重そうにしてればもう少し覚悟もできたのに。


「ガッハ!」


悲鳴をあげたい気持ちだったが、出てきたのは痰の絡んだ咳のような音だけだった。

全身の力が抜け、ドサリと倒れると、女子高生に後ろから覆い被さる格好になってしまった。

目の前には女子高生の完全に硬直した横顔がある。元の世界だったら完全に逮捕の距離感だな。


「なっ!なにを!触らないで!」


女子高生が慌てて俺の体の下から這い出る。そして、俺の背中と地面に落ちて割れた壺を見て、青ざめる。


「あっ、ごめんなさい、つい…大丈夫ですか?ほんとにごめんなさい。」


どうやら今状況を理解したようだ。そりゃ意味も分からず突然組み敷かれたら今の反応も頷ける。


「あいじょうぶ…」


不恰好な返事だが、実際特にダメージはなさそうだ。めちゃくちゃ強く背中を殴られた、以上の威力ではない。

所詮壺だし。

背中に気を遣いつつゆっくり立ち上がると、ルナがおずおずと話しかけてきた。


「…リトさん。今それどころじゃないとは思うんですが、できればもう一回腕を天秤の上に翳して貰えますか?」


「え?なんで?もういいよ0.5は…」


そう言って自分の腕の方を見ると、赤い砂が腕に集まっていた。


「え、これって…」


再計測すると、俺のMPは10くらいとのことだった。

ルナにどういう事か聞いても、こんな事は初めてだと困った顔で言うだけで、見当もつかない様子だ。


「…まあ、考えても分からないものはしょうがないです。0.5じゃなくってよかったじゃないですか。

とにかく気を取り直して闘技場に向かいましょう。」


この人、自分の研究分野以外は適当なんだな。

そう思いつつも、今はこれ以上できることもないのは確かなので、ルナについて行かざるを得なかった。


闘技場に着くと、アベリアさんが機嫌の悪そうな顔をして待っていた。


「…おい。遅いぞベアトリス。」


「ベイル団長wwwサーセンwwww」


「なんだそれ?

…どうせまた自分の趣味で時間を取りすぎたんだろ。まあいい。

諸君、今日やることは魔法の基礎訓練だ。先ずは諸君の属性とMPの数値を教えてくれ。」


「木の45だ。」


「遮断…らしいです。」


「…あの…火…の10か0.5らしいです。」


「何?どっちなんだ?それは。」


さっき起こったことをアベリアさんに説明する。


「…なるほど。稀にいるな。そういう者は。」


「どういうことですか?」


「ツクバネ殿。貴公は魔力を己の内に留めるのが絶望的に下手なのだ。

自身の運を他人に撒き散らしてしまっている、とも言える。

…時に貴女、名は何と言ったかな?」


「跡部 玲奈です。」


女子高生の名前を初めて知った。

絶妙に他人感の強い知り方だな…まあ実際他人だが。


「アトベ殿と体が接触したことで彼女の遮断属性の魔力によって放出が止まり、貴公本来のMPに近い値になったのだ。より長時間接触すれば、本来のMPが測れるだろう。」


ルナの方を振り向くと、初耳だ、という顔をしていてかぶりを振った。


「私の専門じゃないですからね。研究職ですからほとんど城から出ませんし、そういうイレギュラーの知識はありません。

けど、そういえば霧の勇者サリヴァンは魔力測定の結果が悪かったって聞いたことありますね。

遮断属性なんだと思ってましたけど、リトさんみたいに魔力をばら撒いてしまう人だったんですかね!」


「サリヴァン公は普通に遮断属性だ。宮廷魔導士ならその位知っておけよ…」


「あっ、だそうです!全然関係ありませんでした!」


…ルナの話は話半分で聞かないとな。


「さて、そろそろ本題に入ろう。

ベアトリスのせいで時間も押してるしな。準備するから少し待て。」


5分後、俺たちの目の前には長テーブルが置かれていた。

何種類かの花が咲くプランター、油の入った皿や松明にマッチなどが置かれている。


「さて、では最も基本的な魔法の訓練、魔力駆動(マナドライブ)の訓練を始める。

やる事はシンプルだ。

自分の血を操作対象に垂らし、思いのままに動かす練習をするだけだ。

意識を集中させ、対象が自分のもの、又は自分の一部だと意識する。

思いのままに動くのが当然と考え、自在に動いている姿を明確にイメージするんだ。」


そういいながら、アベリアさんは指先を小刀で傷付け、ぱたぱたと垂れ落ちる血をどこからか取り出したガラス細工のウサギに垂らした。


「ナイフが怖ければ針なんかもある。どちらも机の上に置いてあるから使ってくれ。

跡部殿は別メニューだ。

こっちで私の魔法を無効化する練習をしよう。

遮断属性は魔力駆動に向いていないんでな。」


あっさりと魔法の練習が始まった。

レンは流石の資質で、すぐにコツを掴んでいた。

レンが植木鉢の土に血を垂らして、目を閉じて集中すると、植物はすぐにピクピクと動き出した。

跡部 玲奈は、アベリアさんが魔法でフワフワと浮かばせているガラスのウサギとにらめっこしていた。

接触による魔法の無効化はできるので遠隔で無効化する練習をしているようだ。

だが、進捗はあまり芳しくなさそうだった。


俺はというと、まだ火すらつけられていなかった。


「…くそ!」


油の入った皿に血を垂らし、なんとかマッチを擦るが、油に火をつける前に手が震えて消えてしまう。


「…?リトさん?」


流石に不審に思ったルナに覗き込まれる。


「何してるんです?火をつけて練習しましょうよ。」


「……そうだよな、分かってるんだけど…」


「うわ、よく見たらすごい汗。

どしたんですか?お腹痛いんですか?

今日は休みます?」


「…実はさ……怖いんだ。その、これが……」


「これって……もしかして火のことですか!?」


黙ってうなずく。


火恐怖症(パイロフォビア)って言うらしい。

火が、特に点火する時が怖い。マッチを擦れたのも奇跡に近いし、更に大きなものに火を移すなんてとてもできない。

ダサいよな、笑っていいぞ。」


「いや、流石に笑いませんけど…

でも火に思い入れがあるのは確かですね。

大抵は属性って好きなものに寄るんですけど…ほんとに運が悪いんですね。」


そう言いながらルナは俺の代わりにマッチを擦って皿に点火してくれた。

今日はやけに優しいな。

快適とは言えないが、とりあえず手が震えるほどの恐怖ではなくなった。気を取り直して炎に意識を集中してみる。

そのまましばらく練習したが、なかなかレンのように上手くはいかない。


「ん〜……あっ!……ん〜?」


ずっと炎に意識を集中していると、ユラユラ揺らせているような気がする。

だがよく分からない。

炎は元々ある程度揺れているからだ。


炎に意識を向けつつルナ達に教わったコツ通りに念じる。

(そうだ。炎は俺が思うように揺れるし、元々揺れている。その二つは同じ現象だ。

俺が炎を揺らしているから揺れるんだ。今に始まったことじゃなく、俺が生まれてから見てきた炎は全て無意識に俺が揺らしてきた。それを意識するだけだ。)


ちょくちょく休憩を挟みつつ、数時間ほどそうしていた。気がつくと、炎は手を動かすように明らかに俺の意思に沿った動きをしていた。幸い距離があるのでそこまで恐怖はかんじないが、それでも気分はあまり良くないな。ともあれ一歩前進だ。


「お〜!上達してきましたね!」


俺の気を逸らさないように遠目に見ていたルナが話しかけてくる。


「自己暗示は割と得意なんだ。

道場で精神修行の一環で瞑想とか色々してたから。」


「へー、道場ですか。そういえばドロシーが『シロウトの動きじゃ無かったデス』って言ってましたよ。

なんの武道やってたんですか?」


「合気道って言ってな。相手の呼吸に合わせて最小限の力で姿勢を崩したりするのに特化した武道だ。」


「アイキドウ…どう書くんです?」


「ん…こうかな…」


炎を操って漢字にしようとしたが、流石に無理だった。炎はゆらゆらと揺れて歪な形にはなったが、文字として判別できるレベルではなかった。


「…この流れで失敗するのすごい恥ずかしいな」


「あはは、まあまあいい線いってるんじゃないですか?

初めてにしては上出来ですよ。

アイキドウについてはまた後ほどたっぷり伺うとして、一つアドバイスです。

今身を持って体験したと思いますが、炎のような流動性のあるものは、形を保つ難易度が高いんですよ。

もちろんリトさんが未熟だからっていうのもありますが。」


「うっ、仕方ないだろ、今日始めたんだから」


「まあ、そりゃそうですよね。

とにかく、炎の形を変えるのは難易度が高いんです。

では形を変えたい時はどうするか。部分的に炎の勢いを調整するんです。」


「勢い?」


「例えば、流線形の炎を円形にしたいとします。

頂点の部分の勢いを削って、中腹の部分の勢いを強めるイメージで操作すれば、円に近付きますよね。

そうすると炎そのものの形を変えるよりも簡単にできるんです。」


「なるほどな。やってみる。」


再び炎に意識を集中させる。だが今度はピクリとも動かなくなっていた。


「あれ?おかしいな」


「あ〜、魔力切れですね。

最低限の魔力しか残されてない状態です。

ほんとはもっと長持ちするはずなんですけど、リトさんの体質のせいですね。

また跡部さんに回復してもらいましょうか。」


もう一回あれをやるとしたら凄く嫌がられそうだ、と言おうとした時丁度チャイムが鳴った。


「あら、今日の授業は終わりです。

お疲れ様でした!初日にしては頑張りましたね。初日にしては。」


「一言余計なんだよないつも。

けど今日は助かった。ありがとうな」


「えへへ。

因みに今日のお昼のデザートは木苺のショートケーキです。」


「…お、美味そうだな。楽しみだ。」


「ちょうど昼食の時間です。

食堂まで案内しますね。」


「いや、いいよ。

城の中も探検したいし自分で探す。」


「いやいや、この城結構広いですよ。

遠慮しなくても良いですって。」


ルナは食欲で目を輝かせている。


「…お前やっぱり…はぁ、まぁいい。

今日は本当に助かったしな。デザートはあげるよ。」


「やったーー!」


ルナに連れられて、ぞろぞろと食堂に向かう。

騎士っぽい服装の人がちらほら歩いている廊下を歩きながら、ふと気になって質問してみた。


「そういえばルナの属性はなんなんだ?」


「私ですか?遮断ですよ。」


「…じゃあわざわざこの子に頼まなくても魔力の回復出来たんじゃ…」


そう言って後ろを歩いているJKに視線をやると、目を逸らされた。

嫌われてるなぁ。


「ええ。そうですけど。

リトさんとあんまり仲良くなさそうだったので、跡部さんに頼んだ方が面白いかなって。」


「悪魔かお前は」


そう言った瞬間、視線を感じた。

周りの騎士が、互いに話すのをやめて驚いた顔でこちらを見ている。

俺がそちらに目をやると目を逸らして再び雑談に戻った。

なんだったんだ?

戸惑っていると、ルナがそっと耳打ちしてきた。


「リトさん。悪気がないのは分かってますし、私は気にしませんが、その言い回しはやめた方がいいです。

また詳しく話しますが、悪魔って言葉は我々の国では軽口では済まない意味合いがあるので。」


「あ、そうなんだ。ごめん。」


知らずに地雷を踏んでしまったようだ。


「いいですよ。さて、着きました!

刮目せよ!」


目の前に広がる食堂は、活気に満ち溢れていながら驚くほど上品だった。

かなりの人数が雑談に興じながら食事を取っているが、部屋そのものがそれ以上に広い為五月蠅さは感じない。

ピアノの音色が僅かに聞こえる話し声すら包み込み、全く気にならなくしていた。

天井には煌びやかなシャンデリアが釣られており、昼なので灯りはついていないものの、窓から入る光を反射してキラキラと光っていた。


「すごいな。」


レンが溜息を漏らす。俺も女子高生もただ頷いた。


「そんな事より飯です飯。あそこで貰えるんで早く行きましょ」


ルナはさっさと歩き出す。

風情のないやつ。まぁ毎日来てれば慣れるものか。

…というか刮目せよって言ったのあんただろ。


ルナに続き、食事の乗ったプレートを貰って席につくと、ルナが口を開く。


「さて、ここなら周りを気にする必要はありません。さっきの話の続きしますね。ムグムグ」


「さっきの話って、悪魔云々の話か。」


「モグモグ」


「………」


「ムシャムシャ」


「……返答を待ってるんだけど」


「…ゴクン。…パクリ。」


「二口目を入れるな!食ってから話すならせめてそう言え!」


仕方ないので、俺たちも食事にありつく事にした。

誰よりも早く食べ終わり、俺の分のケーキも平らげたルナは一息つき、口を開いた。


「さてと。悪魔の話でしたね。

まぁなぜタブーかと言うと、単純な話です。

この国には実在するんですよ。悪魔がね。」

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