Lucky measurement
翌朝、早朝に起こされた俺たちは日本の学校の教室そのもののレイアウトの部屋でルナに"授業"を受けていた。
昨日の保健室といい、誰の趣味なのだろう。多分ドロシーな気がする。
「なるほど〜。チョベリバ、あげぽよピーナッツ、激おこプンプン丸あたりまではドロシーに聞いてましたが、今は卍とかぴえんが主流なんですね〜」
やたらテンションの高いルナは眼鏡と女物のスーツに身を包み、教鞭で黒板に書かれた流行語を指し示している。
「主流…うーん、卍はもう古いんじゃないか?
な、最近の子的にはどうなの?」
レンが隣に座っているこの空間唯一の高校生に話しかける。
「…うっぜー」
「おっ!そうだ!
言葉じゃないけどうっせーわはめっちゃ流行ってるわ!」
こいつのメンタルはよく分からないな…俺にはあんなコミュ障発揮してたのに。
そんな事を考えている間にも、ルナは興味津々にレンにうっせーわの説明を求めていた。
説明がひとしきり終わったところで、我慢できずに口を挟む。
「あの、ベアトリスさん。魔法の授業は?」
「えー、もうちょっとくらいいいじゃないですか〜。ぴえん」
…
「はいはい、冗談ですよ。そんな嫌そうな顔しないで下さい。
ちゃんと仕事はします。
いいですか?魔法の基本は…」
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜〜〜〜ン…
チャイムが鳴った。やたら長いのがリアル…な気がする。よく分からないけど。
「あっ、今日の座学は終わりですね。では闘技場に行ってアベリアさんに実戦を…」
「おい!何も教わってないぞ!」
「え〜、残業しろってこと〜?
ぱお〜ん、さげぽよ〜〜。」
「多分その二つは共存し得ない。世代的に。」
「なるほど、さげぽよは所謂死語ってやつなんですね。メモメモ_φ(・_・」
「じゃなくて!まだ実戦って段階に全く立ってないだろ!」
昨日みたいな何も分からない五里霧中はごめんだ。
…アベリアさんはドロシーやルナよりはまともだと信じたいけど。自分と同じ顔だし。
「冗談ですってリトさん。最低限のことは教えてから送り出しますよ。ほんと冗談通じないな〜。」
「やりかねないと思われるような普段の振る舞いを反省してほしい…」
こっちはこの授業に身の安全がかかっているというのに、二時間も流行語についての"授業"をされたら不安にもなる。
「いいですか?魔法の基本はずばり、縁の強さと魔力です。
思い入れの強い持ち物や肉体の一部は強い触媒となり、それに魔力を流し込む事で操る、というのが最も基本的な魔法ですね。
さて、リトさん服を脱いで下さい。」
「何で!?」
「男のくせに恥ずかしいんですか?まどろっこしいですね。」
「その発言はポリコレ的にダメだろ!
つーかこんな唐突に脱げとか言われたら誰だって戸惑うわ!」
戸惑いはしたが、躊躇っていても話が進まないので言われた通りシャツを脱いで上裸になった。
すると、俺の鳩尾の少し上あたりを中心として臍の下から鎖骨の下あたりまで跨る魔法陣が書いてある事に気付く。
灰色の墨のようなもので書かれているが、所々乾いて禿げている。
「何これ!?全然気付かなかった!」
「意外と鈍いですね。それは私達の誇る保健室の女神ことハナさんの書いた魔法陣です。
彼女の髪を焼いた灰を使ってね。
その魔法陣を触媒に、彼女の魔力で治癒を促進し、ついでに患者の願望を聞く魔法も発動させてます。
最ももう傷は治っているので今やそれは単なる趣味の悪い落書きですがね。
因みに願望を聞く能力に関しては、彼女が寝泊まりしているあの部屋のベッドに横たわり、かつ傷を治療している間しか発動しません。」
「なるほど。ハナさんの体の一部を使った魔法陣と、普段から使っているベッドが触媒になっている訳か。」
レンが相槌を打つ。
「そういう事です。
またそういった性質上、その人の思い入れが強い属性や物に関する魔法ほど出力が高くなります。
人を癒したい人間は治癒魔法が得意ですし、攻撃的な人間は戦闘に関する魔法が得意なんです。
属性の適正ってやつですね。」
ルナはそう言いつつ机の下から大きな皿の乗った天秤を重そうに取り出した。
そして、何かさらに重いものも取り出そうとしたが、持ち上がらない。
「ふんぎぎぎぎ……
ふぅ。さて、この天秤と壺を使って、今から皆さんの属性と魔力量を調べます!」
「持ち上げた体で進めるなよ…
机の上に上げればいいのか?」
そう言ってレンがひょいと机の上にあげたのは、大きめの壺だった。
花瓶というには大きすぎるサイズだが、水瓶にしては少し小さい。
腕がすっぽり、とまではいかないが肘あたりまでは入る、くらいの大きさだ。
「確かにこりゃ重いな。それに…なんだこの中身?砂か?」
「それは魔石を砕いたもの。魔砂、とでもいいましょうか。
魔石というのは魔力が込められた石で、同じ属性の魔力に引き寄せられる性質があります。
ま、見せた方が早いですね。老練さん。この壺に腕を突っ込んでください。」
「突っ込む…こうか?」
「活性せよ」
ルナが壺に両手を翳して唱えると、壺に刻まれた魔法陣がぼんやりと輝く。
「うわっ!なんかもぞもぞする!気持ち悪りぃ!」
レンが悲鳴をあげて腕を引き抜くと、その腕は緑色に淡く光っていた。
いや、よく見ると、緑に光る砂がびっしりと腕を覆っている。
「老練さん、その腕を天秤の上に出して下さい。」
レンが言われた通りにすると、ルナがまた壺に手を翳し、『戻れ』と唱えた。
すると、砂は輝きを失ってサラサラと落ちていく。それをルナが器用に天秤の皿で受けた。
「ふーむ。レンさんのMPは…45ってとこですかね。」
「それって高いのか?」
「一般人は高くても10かそこら、我々宮廷魔導士もせいぜい35ってとこなので、めちゃくちゃ高いですね。
これまでの転生者のMPは私が知る限りでは30から50くらいなので、その中ではまあまあくらいでしょうか。
羨ましい限りです。」
なるほど。転生者は低い人でも宮廷魔導士のちょい下なのか。
…これまでステータスにはずっと悩まされてきた。
不運な体質もあるが、大学中退なんて中途半端な学歴は場合によっちゃ高卒より就職しにくい。
けれど今となってはそんな事関係ない。ここでは俺は、輝けるのだ。
レンと同じように壺に手を突っ込み、引き抜く。だが、俺の腕は突っ込む前となんら変化なかった。
いや。よく見ると一粒だけ赤い砂がくっついている。
それをルナが天秤に移しとった。
「……ん?あれ?活性化は…ちゃんとしてたみたい。
えと………リトさんの…MPは…0.5……です…」
……え?
「0.5って…なんかの間違いじゃ?ほら、1000.5とか!2桁までしか測れないとか!」
「あの…デジタルじゃないんで関係ないです…」
「……なんか、珍しい属性とか…」
「…あらゆる属性の魔砂が用意されてます…」
「…あ、そですか…」
「あの、リトさん。魔力というのは、自分に都合よく物事を操作する力です。所謂『運』と同じものなんですよ。
…リトさん、強盗に襲われたりとかしないように気をつけて下さいね。」
「もうしたことあるよ!」
それなら0.5も納得だ。
それにしてもこんなのってないよ。あんまりだ。俺は前世で何をしたんだろう。
今なら怪しい宗教勧誘にも希望を見出してしまいそうだ。
「あ…安心して下さい!こっちにも呼び出した責任がありますから!
魔力がないからって放り出したりしませんよ!」
気を遣われてしまった。けどそこはテンプレ通りじゃないんだな。
無能扱いして投げ出される話とか、よくあるけど。
仮に実際放り出されたら、俺はテンプレ通りに返り咲いたりせず、何もできずに死んでいくだろうが。
だって俺の魔力は…0.5なんだから。
レンにポンポンと肩を叩かれながら、教卓の横に避けた。
最後に女子高生が手を突っ込む。
砂が腕につくからか、少し嫌そうだった。
そういえばまだ名前も聞けていないな。なんとか元の世界に帰る手助けをしたいので、少しだけ距離を縮めたいが、難しそうだ。
いや、最早関係ないな。だって俺何の助けにもならないし。0.5だし。
女子高生が腕を持ち上げる。
流石に俺よりは多いんだろうな。
「えっと…あれ!?」
ルナが驚きの声をあげる。
俺も目を疑った。女子高生の持ち上げた腕には、砂が一粒もついていなかったのだ。