お仕置きと友人
「敦。今ちょっといいか?」
敦は教室にいた。どうやら五時間目の数学の宿題をやっていなかったのか、それをずっとやっていたらしい。
「お、なんだ、なんだ。美人な女の子二人連れて……ってなんで二人は無言で微笑んでいるの!? 超怖いんだけど!?」
「それは昨日のお前のした所業を思い出せばおのずとわかる」
「う~ん。そう言われても……全く……」
「江口君。歯食いしばって?」
「へ!? き、木葉さん!? な、なんで俺にビンタしようとしてるの!? ちょ、ま、待って!?」
「ビンタが嫌なら腹パンでもいいのよ?」
「生徒会長まで……」
いつもは優しい咲夜と美人な先輩に散々な言われようで流石の敦も涙目だった。でもこいつのした所業を考えればその反応は当然なわけで、僕としても二人の制裁に口出しする気は一切ない。
「ま、雅也‼ た、助けてぇ‼ 二人が怖い‼」
「ちょ、こっち来るな馬鹿‼ 僕も被害を被るだろうが‼」
「安心しろ。それはない」
「なんでさ!?」
「二人はお前にゾッコンだからだ。そんなお前に危害を加えるなどありえないぜ」
敦は得意げな顔をしてそう言っている。でも残念なことに今の二人に僕の有無はあまり関係ない。だってこの二人は今、完全に頭に血が上ってしまっているのだから……
「江口君。逃げないでよ~痛みは一瞬だからさ~」
「そうそう。逃げるなんて男らしくないわよ?」
「ひぃ‼」
「あんた達なししているの?」
偶然なのか。それとも必然なのか。朱音が僕たちに声をかけてきた。それを敦は好機と見たのかすかさず、朱音に飛びつき彼女に助けを求め始めた。
「あ、朱音……‼」
「ちょ、なんであんた泣いてるのよ。ってちょっとしがみついてこないでよ‼」
「嫌だ‼ お仕置きは嫌だ‼」
「はぁ……もう。なんなの。ちょっと雅也。これは一体どういう状況なの?」
朱音は心底めんどくさそうな様子で僕にそう尋ねてきた。
「実はコイツ昨日合コンに行ったんだよ。それでその時僕も無理やり拉致されて、参加させられたわけ」
「へぇ……合コン……ねぇ……」
この言葉は朱音にとっては許せない一言だったらしい。先ほどまでとは打って変わって、額には青筋が浮かべ、怒りで拳をワナワナと振るわせている。
僕としては朱音が怒るというのは何となく察しており、その上でも起爆剤を投入したのだがまさかここまで激しく爆発するとは思っていなかった。
現にそんな朱音の様子を見て咲夜も先輩も冷静さを取り戻している。
「あ、朱音さん……?」
「敦。あんた一回、いいえ。千回程死になさい」
そこからの惨状は見るに堪えなかった。朱音は敦が合コンに参加したのが余程許せなかったのか、敦の顔が真っ赤に腫れるまでビンタし続け、痛みで倒れた敦の腹に一発腹蹴りを入れ、『死ね』と一言浴びせてから自分の席へと帰っていった。
「敦。大丈夫か?」
「だ、だいじょ……ぶ……なわけ……ない……だろう……?」
敦はかすれた声をあげるとそのまま動かなくなってしまった。あれだけのお仕置きを受けたのだ。痛みのあまり気絶してしまったのかもしれない。そんな友人を無理やり起こすのは、流石に酷という物だ。
ただ一つ付け加えるなら彼をそんな惨状にしたのは僕ということなのだが。
「ほら。保健室行くぞ~」
当然敦から返事はない。本当はコイツから早乙女さんの連絡先を聞き出そうと思っていたのだが、どうやらそれは現段階では無理そうだ。
「まーくん。私も手伝うよ」
「いいえ。私が手伝うから貴方は席についていなさい。もうすぐ五限目よ?」
「それをいうなら貴方が戻った方がいいんじゃないですか? 生徒会長が授業に遅刻は不味いですよね?」
「それは違うわ。むしろ生徒会長だからこそ困った生徒を放ってはおけないのよ」
「嘘をつかないでくれますか? ただ単にまーくんと二人きりになりたいからなんじゃないですか?」
「ええ、そうよ。悪い?」
「なんで開き直っているのよ‼」
このままでは埒が明かないし、二人の喧嘩が終わるのを待っていたら明らかに遅刻する。
「ひとりで行くか……」
僕は敦をおぶるとひっそりと教室を後にした。