お願いと元カノ
「まあ私の事は一旦置いておくとして、今日は雅也君にお願いがあるの」
先輩は急に話題を逸らしてきた。きっと先程の事について触れられたくないのだろう。でもあの時先輩はどこか期待しているかのような眼差しで僕の事を見ていた。それはいつも素直に欲望をいう先輩にしてはとても珍しいことだで、内心とても気になる。
本音を言えば先輩の今の眼差しの意味を直接彼女から聞き出したいがきっと答えてくれはしないだろう。先輩はそういう人だ。いつも肝心なことは隠して、何も言ってはくれない。
僕は彼女のそういう所はどうにも好きになれそうにない。
「お願いですか?」
「うん。お願い。心優しい雅也君なら勿論聞いてくれるわよね?」
「まーくん。きいたらダメ。この人のお願いなんてどうせ碌な物じゃないに決まっている‼」
「聞いてもないのにその言い草はいくら何でも失礼じゃない」
「日ごろの行いのせいですよ。ひ・ご・ろ・の‼」
咲夜の言い分は確かにもっともだ。先輩の日ごろの行いはお世辞にも良いとは言えない。
僕へのセクハラに始まり、ストーカー行為。加えて今日は脅しときたものだ。そんな彼女のお願いを信用するほうが難しい。
「咲夜。ちょっと待って」
「まーくん……」
「先輩のお願いを聞くか、聞かないかはその内容を聞いてからでも遅くないと思う」
でもこんな人でも僕の元カノで、一度は心を奪われた人なのだ。だからこそ僕は彼女の言葉を信じたい。
「先輩。お願いの件。今回に限っては隠さず、すべて内容を話してくれますよね?」
「ええ、当然よ」
先輩は意外にも素直に頷いてくれた。そんなに素直にいう事を聞いてくれるならば先程の視線の意味を教えて欲しいところだが、きっとその件に関しては話してくれないだろう。話してくれるならば当に話してくれている。
「私はね。今回二人がしようとしていること……つまるところあの金髪少女の更生のお手伝いをさせて欲しいの」
「「……は?」」
僕と咲夜は驚きのあまり同じ声、同じリアクションをしてしまった。それほどにまで先輩の言ったことは衝撃的であり、予想外の事だったのだ
「雅也君ってあの金髪少女の更生をしようとしているんでしょう? それでその手伝いを木葉さんもしようとしているんでしょう? 違う?」
「いや、あっているんだけど……なぁ……咲夜……」
「うん……まーくんの思っていること私にはわかるよ」
僕は今先輩の事を少し気持ちが悪いと思ってしまった。その度合いは咲夜ほどではないにしろここまで知られているのは不気味すぎるし、何より気持ちが悪い。
それに先輩が手伝おうとする理由もわからない。だってあの先輩なのだ。ヤンデレ筆頭で、僕が他の女の子と仲良くすると死んだような目をするあの先輩が、他の女の子の世話をしてあげたいというのだ。何か絶対に裏がある。
「先輩……それはまたどうしてそう思ったんですか?」
「それは秘密よ」
先輩は軽くウインクして、唇に人差し指を可愛らしく当てている。敦や非モテ三銃士にその様な仕草を見せれば喜びそうなものだが、生憎と僕の場合は苛立ちしか沸かない。
「まーくん。この人海に沈めない?」
「咲夜。落ち着け。いくら何でもそれはダメだ。せめて火葬くらいにしないと……」
「まーくん。そっちの方が酷いと思う」
「いやいや。そうでもないだろう。それに証拠も残らないだろうし」
「はぁはぁ……ま、雅也君が私をどう殺すのかその算段を考えてる……はぁはぁ……」
先程の発言は当然冗談で言ったのだが先輩は、どうやら本気に捉えたらしく何故か興奮していた。自分を殺す算段を立てられているというのに、それすらも興奮してしまうあたりこの人は本格的に手遅れなのかもしれない。
「この人なんで生徒会長やれているんだろう……」
「そ、外面はいいから……」
「それは……そうだけれど……ねぇ……」
「言いたいことはわかる。でも今は気にしないで」
今は先輩が変態か、変態じゃないかなど重要なことではない。
「先輩」
「何かしら?」
「先輩の目的が何なのかよくわかりませんがこちらとしても人では多い方が助かります」
「ということは……」
「ええ。先輩のお願い聞いてあげます。いえ、むしろこちらからお願いしたかったくらいです」
星野さんの更生には人がいる。特に彼女と同性だと尚いい。
先輩はこう見えて面倒見はいい方だし、彼女からこう申し出てきたのだ。星野さんが危害を加えられるという可能性も低い。
「交渉成立ね」
先輩は僕に手を伸ばし握手を求めようするが、咲夜はその手をはたき落とした。
「何をするのかしら?」
「別に……」
「咲夜。そのネタは結構危ういから止めて。それに一応先輩はこれから僕たちの仲間になるわけなんだからもう少しや優しくしてあげて? ね?」
「い・や・だ‼ この件に関してはまーくんのお願いでも絶対に嫌‼」
「そうよ。私もこの子と仲良くするなんて死んでも御免よ‼」
「なんですって!?」
早くも二人は取っ組み合いの喧嘩を始めそうで、僕はため息をつかずにはいられなかった。