第8話 野球×運動音痴
二日目の朝から雅人達は宿舎隣のグラウンドにいた。
「朝から野球とかだるすぎだろ…」
「まあまあ、クラスでの初体育なんだから。それに、女子と運動出来るのは今日が最後だぞ。今日が終われば男だけのむさ苦しい体育になるんだ目に焼き付けなければ」
「女子と体育なんて邪魔なだけだろ。全員が全員、運動が出来るわけじゃないし」
「わかってないなー。そこも含めて可愛さなんだろうが」
「煩わしいだけだ」
持ち前のセンスだけで動く雅人からすれば運動音痴はうざったく思えるようだ。
まだ葵のように真面目にやって出来ないならなんとも思わないがぶりっ子みたいにわざと出来ない振りをするのはイラッとくるようだ。
「野球なんてどうせ体育でやるんだから今やらなくてもいいだろ」
「雅人ってあれだよな、運動は好きだけど基本インドアだよな」
「悪いか」
「いや、実に不良らしくていいと思うぞ」
「バカにしてくれちゃって」
雅人達1組は最初守りで相手の2組の攻撃だ。
「どうせお遊びなんだからいいだろ」
「お遊びね…相手はガチガチの打順だけどそれでもお遊びって言えんのか」
「こっちは完全にお遊び配置だしお遊び打順だな…ま、なんとかなるだろ」
「外野男子!野球部入部希望者だから飛んできたら取ってよね!」
「楽しそうだな…」
「そういう赤嶺は心底帰りたそうだな」
「赤嶺!外野の指示頼んだからねー!」
「重役指名ご苦労様でーす」
「放棄したい」
そんな雅人をよそに試合が開始された。
最初は外野まで飛ばずに内野で収まっている。
そして4番バッターが出てきた。
野球部志望とあって小学校から野球漬けの生活をしていたような体つきをしている。
構え方も慣れた構え方をしてる。
雅人がいるのはファースト側の外野、4番バッターは右利きで飛んでいくのはサード辺り。
「古賀!そっちの方に飛んでいくからちゃんと取れよ!」
「え、あ、えぇ…無理ですよ…」
4番バッターが打つと見事に葵の元へと飛んで行った。
「フライで取れるぞ!」
「あ、あ、あ」
だが運動音痴の人間にとってフライの球を取るのは並大抵なことではない。
たまたまグローブの中に入ればいいがそうでなければ頭か足か体のどこかにぶつけるか避けてしまう。
葵の場合は、怖くなって動けないだった。
目の前にボールが迫り葵は目すら瞑ることができなかった。
そんな葵の顔を影が覆った。
パシッ!
「セカンド!…危なかったね」
取ったのは既にクラスヒエラルキーの上位に立つ安田慧輝だった。
日本人とフランス人のハーフで目の色は翡翠色、髪は金髪という日本人離れした容姿に加え、スポーツ万能、成績優秀、眉目秀麗。慧輝を形容するために生まれた四字熟語があるくらいのイケメン。
「あ、ありがとうございます」
「怪我はない?」
「大丈夫です」
いきなりイケメンに声をかけられ緊張気味の葵。
声をかけ慣れてるのか爽やかな笑顔を向ける慧輝。
「怪我がないならよかったよ」
「はい…」
葵に爽やかスマイルを向けると持ち場に戻っていった。
持ち場を戻った慧輝は同じ班の男子に頭をガシガシとめちゃくちゃにされた。
「葵、大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
「イケメンだよねー安田。ウチもあんなイケメンと付き合いたい」
「イケメン…」
「お、葵もああいうのが好きなんだ〜」
「あ、いえ、そういうわけじゃなくて…イケメンの境界線が分からなくて…」
「んー赤嶺みたいのは顔はいいけど性格が怖いし豹堂もイケメンと言えばそうだけどデリカシーに欠ける。結局は安田最強ってことよ」
「そうですか…」
姉の影響で数多くの男を見てきた葵は自分の境界線を見失っていた。
試合は進み2失点での攻撃となった。
「っしゃ!トップバッターはオレが行くぜ!」
「行けー豹堂!最初っからホームランでもいいんだぞ!」
「任せとけ!かっとばしてやるぜ!」
意気込んだまでは良かったが打った先がさっきの4番のもとだったためフライで取られてしまった。
「なぜだー!」
「ドンマイ!豹堂!運が悪かったな」
次は葵の番。
「バントでいいぞ!」
「えい!」
可愛い掛け声とともにバットが振られる。
がしかし、次の瞬間には葵の手にバットはなかった。
「あ…」
バットが飛んで行った先にあったのは一目でわかるくらい明るい赤髪があった。
「テメェ!俺を殺す気か!」
「ごめんなさい!飛んでいくとは思わなくて…」
「しっかり握っとけ」
「すいません…」
第2球目。
「やぁ!」
コツン…。
「当たった!…?」
たしかに当たった音も感触もあったのにもかかわらず目の前のグラウンドにボールはなかった。
ハッとなった葵がゆっくり後ろを向くと、不機嫌そうにボールを手にした雅人の姿があった。
「…喧嘩売ってるなら買うぞ」
「いえいえ!そんなことはなくてですね…事故です」
「あんたにも非はあるんだから葵ばっか責めないの」
「…気をつけろ。バットの持ち方は利き手が上、利き手じゃない方はバットの下を持つ。足は肩幅、ボールをよく見ろ。んで、ボールが来たら一旦後ろ足に体重を預けて後ろ足で踏ん張りながらバットを振る。絶対に手は離すなよ」
「わ、分かりました。やってみます」
雅人なりに教えてみはしたが運動音痴の葵に出来る可能性は少ない。
第3球目。
「えいっ!」
コツン。
葵が打ったボールはヒット性の当たりではあるが葵からすれば嬉しいことらしい。
「赤嶺くん!当たりました!私が飛ばしました!」
「分かったから走れ」
「行ってきます!」
葵が一塁に向けて走って行った。
「なんだ、教えられるじゃん」
「俺をなんだと思ってる。敵意がないならそれなりに接する」
「不良っていう前情報だけなら誰だって警戒心持つって」
「警戒はしてもらって大いに結構。だからと行って非行を強要したり喧嘩売ってくる奴が多いから対抗してるだけだ。不良だのなんだの言われるが俺が自分から喧嘩売ったことないぞ」
「へー意外ー。あんたのことだから目があったら即殴ってたのかと思ったわ」
「そんなことしてたら俺は察にパクられるわ」
「そういう所でしょうが。普通の人はパクられるなんて言わないから」
「じゃあなんていうんだよ」
「連れてかれる、とか連行されるっていうでしょうね」
おそらく雅人も小学生の頃はそう言ってただろうが中学入ってすぐに不良落ちしたためにすぐに染まった。
過去の自分がなんと言ってたのかもう忘れてしまっていた。
「高校入って不良は辞めたの?」
「喧嘩吹っかけられなければな。上の出方次第だ」
「葵の前で止めてよね。葵に悪影響だから」
姉に茜を持つ時点でもう遅い忠告なのだ。
打順は順調に回って葵がホームに帰ってきた。
「赤嶺くん!帰ってこれました!私が帰ってこれました」
「おかえり」
「打ち方教えてくれてありがとうございます!」
「野球部ならもっと上手く教えただろうよ」
雅人の番になり状況は2アウト2、3塁。
失点を出したくない2組は本気の陣営だ。
外野を増やし内野を少なめにしていた。
「赤嶺くん!頑張ってください!」
「ああ」
「おいおい、動いて大丈夫なのか?」
「?走る必要がないだから大丈夫だろ?」
雅人は集中するとボールをバットに当てた。
当たったボールは奥まで飛んでいき高さ20メートルはあるフェンスを越えた。
「ホームランです!凄いです!」
「走る必要がないってそういうことかよ」
「こういうかっこつけが無ければ褒めたのに」
「るっせ。小走りで行ってくる」
1組対2組の野球勝負は4対2で1組の勝ちとなった。