第87話 バーナム効果×媚薬効果
球技大会の開催に伴い、雅人達生徒会は忙しなく動いていた。
「雅人、頼んでいた書類は出来たかしら?」
「あと1クラス分だ。今から回収に行ってくる」
「分かったわ。叶恵、各競技の対戦順をお願い出来るかしら」
「分かりました。出来るだけ同程度の学年、クラスとぶつけます」
「ありがとう。真央と快斗は書類にミスがないかを探してちょうだい」
「分かった」「うん」
梓は一通り指示を出すと書類に視線を戻した。
生徒会室には紙を捲る音とシャーペンで書く音だけが響いた。
「梓、書類持ってきた。これで全クラス出た」
「そう。ありがとう。叶恵はこれを追加して編成を考えて、雅人は書類漏れがないか確認」
「了解」
雅人も加わり書類をチェックしていった。
始まりはまだ日が高く昇っていたにも関わらず次に誰かが気づいた時には日が沈みかかっていた。
「もうこんな時間か」
「真央疲れたー!」
「そうね、少し休憩しましょうか」
「ではお茶を入れますね」
叶恵がポットのスイッチを入れ真央が机へと突っ伏した。
「球技大会でこの書類の量か、体育祭並みだな」
「体育祭は意外と楽よ。用具の確認と各委員会との連絡だけだもの」
「そもそも体育祭は体育委員の仕事だしな。生徒会はそこまでだろ」
「そうだよ。去年の体育委員は地獄だったよ」
1年の時に体育委員を務めた真央は遠い目し叶恵は紅茶が入ったカップをそれぞれの前に置いていく。
「この生徒会は快適。同学年と下の学年しかいないから先輩とか気にしる必要ないしあーちゃんと叶ちゃんという優秀な2人がいるから面倒ごとが起きないのが最高。そして紅茶も美味いー」
「問題を起こすとしたら雅人だけだものね」
「なにもしてないだろうが」
「理事長先生の胸ぐら掴んで殴りかかりそうになっていたのに?なにもしてないと言えるのかしら?」
「あれはアイツが悪い」
「なにもしないならいいじゃん。後輩を止められるのはあーちゃんしかいないんだから」
真央が梓の名前を出すと視線が梓に集まった。
「たしかにそうですね。赤嶺さんが暴れたら私達ではどうにも出来ませんよね」
「水谷頼んだぞー。赤嶺が暴走しそうになったら止めてくれよ」
「RPGだったらあーちゃんはテイマーだよ。絶対」
叶恵が持ち上げるとそれに便乗し快斗と真央も持ち上げた。
「ふん。こいつに俺がコントロール出来るわけないだろうが。梓には無理だな」
「そう言いつついざとなった時に側にいるのはいつも赤嶺さんですよね?」
「…そうか?そんなことはないと思うが?」
「ありますよ。会長が当選した時も、文化祭の時もクリスマスの時も隣にいたのは赤嶺さんではありませんか」
「…」
雅人が考えるのも無理はない。
叶恵が放った言葉は事実であり嘘でもあるからだ。
雅人は意識して梓の隣にいたわけでもない。更に言えば、雅人は生徒会の集合がかかったから一緒にいたわけで梓のピンチにかけつけたわけでもない。
それを叶恵はあたかもピンチを助けたかのように言ったのだ。所謂バーナム効果というやつで、言われたことが真実だと信じる状態に雅人はなってしまった。
「確かに生徒会入る前より一緒にいる時間は長くなったかもしれないな」
当たり前である。
生徒会という組織という事に加え会長と副会長という役職では嫌でも時間が長くなるのは当然のこと。
しかし、雅人はそのことに気がついていない。
「会長?言葉遣いは少々問題がありますが優秀な人材を入れることが出来てよかったですね」
「ええ、まったくね」
雅人を振り向かせる気でいる梓はもちろん、詩音と互角の悪魔2人という状況で雅人の味方はいない。
「さて、俺は作業に戻るぞ」
「そうね。もうそろそろ最終下校時刻だし早く済ませちゃいましょう」
最終下校時刻までの1時間、雅人達は書類と睨めっこを繰り返し半分の書類に目を通し終わった。
「目が…枯れる」
「確かに白紙黒字を何度も見てると目にくるよな…」
「2人とも情けないですよ。高校生ともあろうものがそんなこと言っては。赤嶺さんなんてピンピンしてるじゃないですか」
「いや、赤嶺は別の意味で目がおかしいだろ」
「雅人?どうしたの?」
「…なんでもない。眠いだけだ」
確かに雅人の様子がおかしい。
書類と睨めっこした程度でへばるような体力ではないはずだ。
どこかボーッとして若干だが頬も赤いように感じる。なにかを抑え込み我慢しているかのようだった。
「なんか怖いから真央達は先帰るね。あーちゃん、後は任せた!」
「赤嶺さんをよろしくお願いしますね」
生徒会室に梓と雅人を残し叶恵達は早々に帰っていった。
「雅人?大丈夫なの?苦しそうだけど…」
「身体が…熱い」
「熱い?熱でもあるんじゃ…そうでもないわね」
梓は雅人の額に自分の手を当てた。その手を雅人は掴むと自分の方へ引っ張った。
「えあ、ちょっと!危ないじゃない」
梓は前に倒れそうになり雅人が座っていた椅子の背もたれに手をついた。
梓の腕の長さ的に顔が間近にある状態となった。
「雅人、本当にどうし…まさか…」
梓はスマホを取り出し叶恵のチャットを開いた。
『雅人になにかしなかった?』
『いえ、なにも?』
『そう。間違ってもあずみん特製☆媚薬なんて使ってないわよねー?』
『てへ☆』
このやり取りで梓は全てを察した。
察することは出来たがこの後のことがまだ問題として残っていた。
生徒会のブラックリストにあったレシピ。
『あずみん特製☆媚薬』
世界的に有名な超人、安住千歌が作ったと噂されるレシピ。
なぜそんなレシピが生徒会のブラックリストにあるのかは不明だが効果が強力なのは間違いなかった。
もし常人が服用した場合、どんな効果があるか定かではない。
「雅人?苦しい?」
「…苦しい…」
「どうしたい?」
「…分からない」
「こうするの」
梓は雅人の膝の上に座るとゆっくりと抱きしめた。




