第65話 蛇×後夜祭
日が沈み、一般公開を終了すると片付け作業に入る。
「雅人!ヘルプ!重すぎる!」
「どうやってコンロ運んだんだよ...」
「牧野先生が全部1人で」
「マジかよ...あの人もそろそろ20代後半だというのに...ん?もう30だったり...」
「雅人後ろ!」
「ん。あ」
コンロを持つ雅人の後ろには不自然に笑顔の牧野雲雀がいた。
「どうしたんだ蛇」
「いやな。なにやら女性の年齢について話してる無礼者がいると直感で気がついてな。知らないかね」
「知らん。それより手伝え」
「ふん。アタシはまだ25だよ」
「...折り返しじゃねーか」
雅人は振られた腕をしゃがんで躱すと雲雀の背中を押した。
「あぶねーな。生徒に暴力はいけませんよー」
「愛の拳だ。ありがたく受け取れ」
「お断りだぜ」
雲雀が雅人を睨むと雅人は一瞬だけ反応が遅れた。
喧嘩に慣れている者どうしの殴り合いにおいて一瞬の遅れは敗北に直結する。
「くっ!しゃらくせぇ!」
雅人は足に力を入れると雲雀から一気に距離を取った。
雲雀も距離を開けないように詰めるが雅人が投げた小木刀により歩みを止められてしまう。
「流石蛇。睨みは茜さんより怖い」
「なら大人しく一発殴られたらどうだ」
「俺は殴られる側じゃなくて殴る側になりたいんだ」
「はっ!茜に遅れを取るようじゃ無理だな!」
「はぁー?あの人メッチャ強いからな。どうやったら姉妹で正反対になるのか俺には理解が出来ない」
「それには同感だ。初めて茜に妹がいると聞かされた時はアタシらは高校生でな...小学校で大将してんじゃないかとワクワクしたものだ」
雅人と雲雀が睨み合いより話に夢中になっていると雅人の背中から何者かが拘束した。
「葵!おま、離れとけって!」
「喧嘩はダメです!」
「分かったから離れろ!あの教師殴る気満々だぞ!」
「古賀ー?危ないからアタシが殴る瞬間に拘束を解いてしゃがめ。いくぞ!」
雲雀の拳が雅人のクロスした腕に当たり雅人は後ろに吹き飛んだ。
「てめぇ...」
鼻から出た血を拭い雲雀を睨む雅人。
「女性に年齢を聞くと殴られるから注意するんだな」
「ババアが...痛って!」
「もう一度言ってみろ。ぶっ殺すぞ」
蛇の一睨みとはこのことである。
雲雀に睨まれた雅人は睨むだけで殴る気はなくしたようだった。
「さ、他の皆は片付けしろよー」
雲雀もまさか自分が怖がられてるとは思わなかった。
「お前怖いもの知らずか」
「蛇があんなに強いとは思わなかった」
「赤嶺くん血が...」
「鼻血くらいティッシュ詰めとけばそのうち止まる。それより、後夜祭中は神崎と一緒にいろよ」
「え?詩音さんなら体調が悪いとか言って保健室で寝てますけど...」
「なら用がなければ保健室から出るな。葵は俺の弱点なんだ」
「...?わかりました」
雅人達2人は事もなさげに話を終えたがそれを強制的に聞かされるとになった仁は恥ずかしさで今すぐにでも逃げ出したかった。
「お前ら初々し過ぎかよ...キュン死するわ」
「意味わかんねーこと言ってないで持ち上げろ」
「はいよ」
「あーそうだ。仁」
「ん、なんだよ」
「頼みがある」
文化祭の片付けも終わり、残るは後夜祭。
校庭の真ん中にキャンプファイヤーを置き点火されるとお菓子を持った生徒が群がった。
雅人は先に行った梓を探していた。
しばらく歩くと夜道を照らす街灯が照らす赤髪に目が入った。
「やっと見つけた」
「あら、遅いじゃない」
「片付けに手間取った」
「また喧嘩なんかして」
「喧嘩なんてしてねーよ」
「ならその鼻ティッシュは?まさかなにかにぶつけたとでもいうつもり?」
「別に女性に年齢聞いたらゴリラパンチが飛んできた」
「貴方...牧野先生になんてこと言ってんのよ」
「事実だろ」とそっぽを向きながら雅人は言った。
「まあいいわ。アタシは仕事さえしっかりしてもらえれば文句はないから」
「そうかよ」
無言になって歩き出すと2人の間になんとも言い難い空気が流れた。
それもそのはず。
あの濃厚なキスからまだ数時間しか経っていないのだ。
本当なら気まず過ぎて巡回どころではない。
だが雅人はその事など忘れてしまったし、梓は必死に忘れようとしたが忘れられず気にしないように頑張っていた。
「そういえば、梓は文化祭回ったのか」
「ええ。少しだけ、ほとんど生徒会室で誰がどこに行くかのルートを...」
そこまで言って梓はキスのことを思い出した。
「どうした」
「なんでも...ない!」
急に態度を変えた梓に雅人は少し驚いたが前に茜が言っていたことを思い出した。
『生理中の女にちょっかいをかけるのは止めとけよ。昼間の男みたいにぼろ雑巾にされるぞ。あと、女に今日生理?とかいうデリカシーのない発言はさっきの男みたいに血だらけにされるから言わないようにな』という恩師のありがたい言葉を。
よって雅人が梓に聞くことは無かった。
「他って俺と梓であと3人か?」
「いいえ。黒井兄妹はペアで叶恵には1人で回って貰ってる」
「大丈夫かよ女1人で」
「黒井兄妹の妹の方は兄がいないとなにも出来ない子だから仕方ないわね」
「ブラコン怖えー」
雅人がポケットに手を突っ込み歩いていると一際冷えた風が吹いた。
「10月と言えど日が落ちると寒いわね...」
「そうか?」
「温感機能まで死んでるんじゃないですか?」
「俺は生まれつき体温が高いんだ」
「ほら」と雅人が梓の手を握れば梓は暗い道でも分かるほどに頬を染めた。
「な?温かいだろ?」
「え、ええ。そうね。温かい」
「そうだ。見てほしいもんがあんだった」
梓は首を傾げた。
「ほらこれ」
「これって...」
校舎の3階以上の場所から撮られた写真は遠いながらも生徒1人1人の顔を捉えていた。
そして、生徒が笑い踊っていたり男女で寄り添っていたりして楽しんでいた。
「全部梓が作った笑顔だ。あのじじぃにも負けずによく頑張ったな」
「もう...そういうとこよ」
「どういうとこよ」
「影ながら支えてくれるところ」
梓は暗闇でも分かるほど可愛く笑った。
「...寒いならとっと見回って帰るぞ」
恥ずかしさを隠すためか雅人が歩を進めた時に横から手を掴まれた。
「女の子が寒がってるのに温めてはくれないのかしら?」
「自分を女だと思ってらっしゃる?」
「それ以外になにがあるのよ」
「まな板」
いつもなら顔を別の意味で赤らめて怒るが勢いに乗った梓は怒ることなく受け入れた。
「まな板に体温はないでしょ?だから温めて」
「冷たいんだよ!自分で温めろ!」
「いいじゃない。女の子に合法的に触れられるうちに堪能しときなさい」
「触んな雪女」
「酷い」
「もっと酷いことしてやろうか」
「往来があるこの場所で出来るものなら」
挑発された雅人は梓を電柱まで追い詰めると街灯の下でキスをしようと唇を近づけた。
が、キスがされることはなかった。
雅人のスマホが着信を告げた。
「誰だ...仁...なんだ」
『大変だ!古賀が!』
「葵がどうした。葵なら保健室にいるぞ」
『今神崎から連絡あったんだが保健室に古賀がいないらしいんだ!』
そこまで聞くと雅人は電話を切った。




