第54話 特別×試行錯誤
「おい、無視すんな」
「話しかけないで頂戴!近づかないで頂戴!」
「なんでだよ!待てって!」
作戦会議の帰り道、いつもなら並んで帰る雅人と梓だったがこの時ばかりは梓が前を歩いていた。
「なに怒ってんだよ...」
「別に怒ってなんかないし!ただちょっと考え事してるだけだし!」
「なら!こっち向け!」
雅人が梓の肩を強引に引き2人の顔がまた至近距離になる。
それだけで梓の顔は赤くなりまともに目も合わせられなくなった。
「なんで目逸らすんだよ」
「特に意味はないわ」
「顔も赤いし...風邪でも引いたか?」
「貴方より体調管理はしっかりしてるわよ」
「ならなんで逃げる、なんで先に行く...なんで目を合わせてくれない」
雅人の問いに「好きだから、緊張して見られないの」と答えられればどれほど楽だろか梓は考えた。
だが玉砕確定演出中に告白するほど梓も馬鹿ではない。
「本当になんでもないの。貴方みたいな顔がうるさい人と一緒にいたら考えがまとまらないでしょう?」
「なら考えはまとまったんだろうな」
「貴方が話しかけるからまだよ」
そもそも『顔がうるさくて一緒にいたら考えがまとまらない人』を生徒会にいれたのは梓自身である。
「貴方もアタシに構ってないで考えなさいよね」
「考えならある。俺はお前が不安定で心配だったから...」
「ありがとう。お姉さんうれしー」
「テメェ今すぐその顔やめろ。ぶん殴りたくなる」
「やー乱暴にしないで」
雅人は梓の手を掴むとその手を上にあげ顔を近づけた。
「お望みならこのまま襲ってやろうか?あ?」
「や、やれるもんならやってみなさいよ」
こっから先はどちらかがギブアップするまで止まらないチキンレース。
呂律が回っていない梓は言わずもがなだが雅人自身ブレーキが利かなくなっていた。
女子とキスをするなんて保育園以来なのだドキドキしないわけがない。
だがここで止めればチキンだのヘタレだの言われそうで嫌だった。
徐々にお互いの顔が近づいていき先か少し触れ合ったところで恒例行事が起きた。
「雅人ー!」
仁の声がした瞬間雅人と梓は人間の瞬発力の限界の速さで離れて平常を装った。
「豹堂!あんたってやつはー!あーもう!」
「赤嶺くんに梓先輩、こんなところでなにを?」
どうやら葵には見られていないようだ。
「アタシの顔にまつ毛がついてたから取って貰ってたのよ」
「の割には近かったすよね」
仁の何気ない追及に詩音は影でガッツポーズをした。
「キスをしようとしていた」
「ちょっとなに言ってんの!」
「隠す必要もないだろ、別にキスなんてアメリカじゃ挨拶だ」
「ここ日本、ジャパニーズ、おーけー?」
「キスを特別なものだと思い込むからそうなるんだ。俺からすればキスなんて特別なものでもない」
勿論噓である。
童貞で交際経験がゼロと言っても過言ではない喧嘩大好き不良にとってキスが特別じゃないわけがない。
ただ時と場合に寄って許される噓もある。この時の噓はダメではないがおススメは出来ない噓だった。
「なら続きはよ」
「人前でやるのは照れ臭いから嫌だ」
「豹堂が出て行かなきゃ写真も撮れたのに」
「あぶねー」
ギャアギャアと騒がしくする3人と心にもやもやを抱えた2人がいた。
それを3人は知る由もなかった。
「ついでなので詩音さん達も一緒にご飯にしましょう?」
「そうね...食費は豹堂持ちでね」
「なんでオレ!?」
「良い所だったのに邪魔した罰」
「そんなー!」
梓の心境はというと複雑そのものだった。
雅人からすればキスは特別なことじゃないという考えが何度も頭の中で反芻した。
自分はこれだけドキドキしているのに相手は全くときめかないことに怒りを覚えるが顔が至近距離にあったことを思い出しては顔を赤らめるという恋愛初心者丸出しのことを繰り返していた。
(なにあれ!キスは特別じゃないからとか!ならあんな寂しそうな顔なんてしないでよ!おかげで初めて奪われるところ...だった...中学時代に彼女いたのかな。もしいたらどんな子なんだろ。葵みたいな大人しい子?それとも詩音みたいに計算高い子?それとも元気いっぱいな子?うーん...イメージがつかない。そうだ!この場を使って聞いちゃえばいいんだ!)
「キスが慣れてるとかどんな中学生活送ってたのよ、彼女も大変だったでしょうね」
「普通に喧嘩ばかりの中学生活だった。大変だったのはアイツより俺のほうだ」
中学時代に恋人がいたころが発覚し梓は心に5のダメージを負った。
「大変って?そこんとこkwsk」
「ここでは言えない」
更に言いふらすことが出来ないことをしていたという事実も判明し5のダメージを負った。
「そういう梓はどういう中学生活を送ってたんだよ」
「へ!?」
まさかの反撃に一瞬戸惑うがまだ想定の範囲内であったため狼狽はしなかった。
「どんなって...普通に勉強して普通に過ごしてたわよ」
「平和ですね。どっかの誰かさんとは大違い」
「俺にだって平和な時期くらいあったし」
「雅人の平和は一日だけだろうが」
「立派な平和だろ。彼氏は作ろうと思わなかったのか?」
「高校に入ったらでいいと思ってたわ...」
自分で言って自分に5のダメージを与えてしまった。
「先輩、ここに赤嶺雅人っていうフリーな男がおりまっせ!」
「え...」
仁の切り替えしに対応できずに頬を赤くしてしまうが雅人の言葉で怒りに変わった。
「すまんな。俺はぺったんには興味ないんだ」
梓は自分の趣味の悪さを実感した。
なぜこんな男を好きになってしまったんだろうと。




