第36話 夏風邪×後輩
海で心身をボロボロにされた雅人は自室のソファで倒れていた。
「身体が動かない…」
7月もあと2日で終わろうという時に風邪をこじらせていた。
身体が思うように動かず自分で料理を作ることもできない雅人は自室のソファの上で唸ることしか出来なかった。
雅人が唸っていると玄関のドアが開きだれかが入ってきた。
「雅人ー。どうせ暇なら買い物に…辛そうにしてどうしたのかしら?」
「ああ…?なんだ…お前か…」
「本当に辛そうだけど大丈夫…ではないわね」
雅人のおでこを触った梓はその熱さに溜息をついた。
「精神的な疲れ?それとも海の時から調子悪かった?」
「海の時は…なんともなかった」
「なら精神的なものね。今日一日おとなしくしてること。葵は…お姉さんと出かけたからアタシが面倒見るわ。立てる?」
「ここでいい…」
「いいわけないでしょう…。ちゃんとしたベットで寝なさい」
雅人は梓に肩を借りるとふらつく足取りで隣の梓の部屋へと向かい、梓のベットに寝かされた。
「なんだ…この少女趣味な部屋は…」
「うるさいわね…これでも乙女なんだから問題ないでしょ」
「居心地悪い」
「貴方はそこから動かないんだから別にいいの!…なにか欲しいものある?あるなら買ってくるけど」
「冷たい…もの」
「はいはい。いつもこれくらいしおらしかったら可愛いのに。じゃ行ってくるけどベットから一歩も出ないこと」
梓に釘を刺された雅人に出来るのは部屋を見渡すことだけだった。
葵の部屋と違って物は比較的少なく、テレビにテーブル、窓には観葉植物が鉢に植わっていて側には霧吹きが置いてある。
少し視線を下にやると少女漫画で埋まった本棚が見える。
キッチンはほどほど使ってあるのか鍋、フライパンなどが壁にかかっている。
雅人は目を腕で多い自分の弱さを呪った。
「弱すぎだろ…あれだけのことで弱るほど平和ボケしてたのか…」
雅人自身、どうしていいのか分からなくなった。
高校に入り喧嘩という喧嘩はしておらず腕が鈍っていると感じていた。
だが葵が近くにいる今派手に喧嘩して目をつけられるわけにはいかない。
そのため悩んでいた。
「暑ーい!雅人ー。ちゃんと寝てるー?」
「悪い…」
「ああ、寝てなさいって。アイス買ってきたけどこの暑さで溶けてるだろうから冷凍庫入れとくわよ。えっと…はい。ポカリでよかった?」
「…アクエリの方が好き」
「貴方ね…次買ってくるときはアクエリ買ってくるわよ」
「天変地異」
「なにがおかしいっていうの!?」
「病人の側でぎゃあぎゃあ騒ぐな…」
梓にはまだなにか言いたいことがあった様だが実際に病人なので静かにするように努めた。
「で、なんでそんな身体壊したの?まさか徹夜でゲームしてとか言わないわよね」
「…だったらなんだ」
「…嘘はいいわ。本当の理由を教えなさい」
「あ?…クーラーかかった部屋でゲームしてたら夏風邪引いた …それだけだ」
「生徒副会長を任命されるだけの目はあるのよ。身体がもうボロボロなんでしょう?春からずっと葵に付いていて階段から落ちたり、車に轢かれそうになったり、海で遭難したりね」
「お前のそういうとこ嫌い」
「アタシも貴方のそうやって他人に隠す所が嫌いよ」
言い返そうとしたが呼吸が荒くなり雅人は言い返すことが出来なかった。
「一応クーラーは入れてるけど凄い汗ね…拭くから脱いで」
「それぐらい自分で出来る」
「いいから。こういう時くらい甘えなさい。これでもお姉さんなんだから」
「お姉さん…はぁ…」
雅人はある場所を見て溜息をついた。
「んー?なぁに?なにか言いたいことでもあるの?」
「胸があれば文句は減る」
「無くならないあたり貴方らしいわね。ほら、さっさと脱ぎなさい」
雅人は着ていたシャツを脱ぐと背中を向けた。
「広い背中…勿体ない。怪我がなければ綺麗なのに」
「いいからとっとと拭け」
「はいはい」
梓は雅人の怪我に触れないように丁寧に拭いた。
梓からすれば雅人は1つ下の弟のような存在だった。
憎たらしくて、可愛げがなくて、イラッとさせる存在。
だが梓の周りにはそういった人物は居なかった。梓の弟達もまだ中学生と小学生で憎まれ口をたたくかもしれないが雅人のように本音を言い合える仲にはいくら姉弟と言えどならないだろう。
そういう意味では雅人は梓にとって大切な後輩だった。
「はい。背中は終わったから次前向いて」
「…自分で…なんでもない」
流石の雅人もここまで笑顔を全開にされると答えを予想出来た。
「うわぁ…前まで傷だらけ…いったいどんな生活してきたのよ」
「別に…普通の生活」
「日本で普通の生活してたらこんな傷出来ないわよ。もう…綺麗な筋肉なのに勿体ない」
盛り上がった胸板に腹直筋は当然の如く6つに割れていて、脇腹にも無駄な肉は無かった。
「終わったわよ」
「ああ…」
「本当に辛そうね…なにか出来ることはある?」
「…もうなんもない」
「そう。なにかあったら呼んで。すぐそこでテレビ見てるか漫画読んでるから」
梓が漫画を読もうと本棚に近づくと微かに声が聞こえた。
「ありがとう…」
声のした方を見ると雅人が横目で少しだけ梓を見ていた。が、すぐにそっぽを向いてしまった。
しばらく梓は珍しいものでも見たように固まっていたが、口元を少し緩めると笑ってこう言った。
「どういたしまして」




