第26話 命乞い×一睨み
5月も中盤を過ぎ、6月に入ろうとすると多摩川高校では体育祭の練習が始まる。
雅人達は体育着で校庭にいた。
「…」
「いつになく不機嫌だな」
「眠い…」
「また徹夜か?ほどほどにしとけよ。体育祭当日体調崩すとか勿体ないぞ」
「勿体ないってなにが」
「ばっかお前、女子が薄着になるんだぞ!見ないでどうする。走った時に揺れる胸、上気する頬、汗ばんだうなじ…最高すぎるだろ」
「そんなもの見るより夢をみたい」
「高校に入って置きながらなんつー堕落。一度しかない高校生活損はするなよ」
ぎゃあぎゃあと隣で騒ぐ仁を無視して雅人は色んな場所に視線を向けた。
一点を見つめていると寝てしまいそうだからなのだが、元々目つきが悪いのに眠さで細くなった目で見たらすぐさま逸らされ二度と目が合うことはない。
だが眠さでそれどころではない雅人は罪のない生徒を恐怖へと陥れていく。
「赤嶺、あんま睨むなよ。他の連中が可哀想だ」
「ああ、んん…」
「ダメだこりゃ」
仁は雅人を起こすのは諦めた。
最悪、雅人が出る競技になったら起こせばいいと考えた。
「赤嶺くん…寝てるんですか?」
「ああ、寝て…おお」
仁が葵の方へと目を向けると葵の持つ凶器に見惚れた。
小さな体躯に似合わないその胸は仁のみならず男子生徒の視線を釘付けにした。
「豹堂くん?」
「ひゃい!」
「豹堂くんも体調がすぐれないのではないですか?」
「オレは元気。めっちゃ元気」
「こいつ。葵の胸見てたよ」
「へ?…豹堂くん?」
「ち、違う!いや違くないけどとにかく話をだな!」
まさかバレてるとは思っていなかった仁は必死に弁明したが2人の視線は冷たいままだった。
「弁明ならウチらじゃないでしょ」
「じゃ誰に…」
ガシッ。
隣からの強い殺気に仁はすぐには動けなかった。
「…赤嶺?起きてたのか?」
「今起きた。んで、なんだって?古賀の胸を視姦していたと?」
「赤嶺、オレはお前を信じている!男なら分かってくれるよな!」
仁は必死に説得した。自分の名誉のため、仲間を得るため、そしてなにより自分の命のため。
「豹堂。お前は特別だ。1発で終わらせてやる」
「特別なら許してくれてもいいんじゃないですかね!」
「本当なら骨折って楽しむ所だが特別な?」
「特別を強調しても怖いのは変わらないから!よせ!やめろ!近づいてくるな!眠いんじゃなかったのかよ!」
「は?数分寝れば十分だろ」
「お前は武士か!武士でももっとまともに寝るぞ!」
「豹堂…口は閉じた方がいいぞ。舌を噛み切りたくないならな」
「古賀さん!?土下座でもなんでもするから助けて。なんでもするから!」
大事なので二回言った。
「赤嶺くん…私もその…無防備すぎたのでそのくらいにしてあげてください」
「…いいのか?こいつなら怪我せずに殺れるぞ?」
「いいんです…ですがジャージを持ってきてなくて…」
「なら、神崎のやつ着ればいいだろ」
「ウチだって男子からそういう目で見られるの嫌なの」
「自意識過剰女が」
「はぁ!?だったらあんたが貸せばいいでしょうが!」
「…それもそうか」
雅人はジャージを脱ぐとそのまま葵に被せた。
雅人の身長に合わせたジャージは葵の太ももまでに達し1人だけコートを着ているみたいになった。
「なにこれ可愛い…スマホがあったら写真撮りたい」
「そのデカさなら体型も分からないし走る競技に出ないならその長さでも大丈夫だろ」
「あ、ありがとうございます…」
「次!学年選抜に出る生徒は集まれ!」
「ほら、行ってきな。すこしは身軽になったでしょ」
「行ってらっしゃい…」
詩音はしっしと手を振り、葵は遠慮がちに手を振った。
「ああ、行ってくる」
雅人がグラウンドのトラック付近に集合し説明を受けていると数人の女子が話かけてきた。
「ねね!古賀さんって赤嶺と付き合ってるの!?」「そのジャージだって赤嶺のでしょ?」「早くもカップル誕生か!?」「安田の時もめっちゃ怒ってたし場所出したのだって赤嶺でしょ?」
『古賀さんからすればどうなの?』
「付き合ってるわけじゃ…」
「えーでも、いつも一緒に登校してくるしお弁当も作ってあげてるんでしょ?」「それで付き合ってないはないよ」「もしかして普通のカップルじゃない感じ?」
葵がいくら否定しようと女子達の妄想は膨らむばかりだった。
「あんた達ね…」
「なに怒ってんの?わたし達はきになるから聞いてるだけだけど?」
「葵は違うって言ってんだからそれでいいでしょ」
「でもきになるしー」
彼女らに悪気は一切ない。ただ好奇心が彼女たちを動かしている。
悪気がないからこそズカズカと強引に聞けるのだ。
「古賀」
「赤嶺くん…どうしたんですか?」
「忘れ物。ポッケに色々書いてある紙が入ってると思うんだけど…」
「あ、これですか?」
右ポケットを探すと4つ折りにされた紙が入っていた。
「そうそれ。サンキュー」
「練習頑張ってください」
「おう」
雅人は去り際に女子達をひと睨みして戻っていった。
雅人の睨みを受けて平然と質問攻めが出来る生徒なんてこの学校にはいない。
女子生徒達はまたねー。と言って去っていった。
「…急にどうしたんでしょう?」
「もっと穏便に済ますことは出来ないのかな…」
「え?」
「なんでもない」
「怖ぇな…アイツ。敵対したら容赦ないだろうなー」
「ウチも敵にはしたくないかなー。どちらかというと上手い事騙して手駒にしたい」
「なんでうち学校の女子っておっかないんだろうな」
仁曰く、『赤嶺がいなかったら女子が1番怖い』だそうだ。




