第24話 発覚×悲しみ
葵が教室に戻るといつもどおりの雅人がいた。
雅人の周りには仁と詩音がいて、雅人に愚痴をこぼしている。
「古賀、大丈夫か?」
「はい。ご心配をおかけしました」
「…そうか。ならいいんだ」
「倒れた2人を見つけた豹堂に感謝しなさい」
「そうだぞーチャイム鳴っても帰ってこないから自販機まで探しに行ったらお前ら2人がぶっ倒れてるから焦ったぞ。死んでるのかと思った」
「俺がそう簡単に死ぬかよ」
「背中に大痣作った奴がよく言うよ」
「るっせ。受け身取り損ねたんだ」
雅人はいつものようにからかいに応じているつもりでも雅人が怪我したという情報だけで葵の心はキツく締め付けられた。
「葵もなんか言ったら?」
「え?」
「赤嶺が側に居ながら階段から落ちるとかなんの為に側にいるのよって感じじゃない?」
「急にクラっと来てしまって…私からはなにも言えないです」
「葵が優しくてよかったわねー。もしウチだったら『使えないゴミが。ゴミがゴミらしくゴミ箱にでも入ってなさいゴミ』って言うね」
その言葉で何人の男性が絶望するだろうか。
いや、世の中にはこう言った罵声を快感へと昇華させる猛者達がいる。
その人達の手にかかれば絶望が明日への活力になる超錬成。
「まあなんにせよ、葵に怪我が無くてよかったわ」
「はい。ありがとうございます…」
2人とも無事だったのにも関わらず葵の心は浮かぶことはなかった。
4時間目は体育の授業で葵はずっとボーッとしていた。
運動が苦手ということもあり積極的には動かない葵だが今回ばかりは違う方へと意識を向けられていた。
「なに男子の方ばっか見てんの」
「ひゃあ!…脅かさないでください…」
「ごめんごめん。んで、誰を見てたのかなー?」
「赤嶺くんの動きが鈍いような気がして…」
「そう?変わらないと思うけど?または徹夜して眠いとか」
たしかに徹夜の影響もあるだろうがそれだけではない。
葵の目には目に見えて怪我を庇ってるように見えるのだ。
「やっぱり怪我して…」
「怪我って言っても強く打った程度でしょ?それなら木刀で殴られる方がよっぽど痛いと思うけど?」
「それはそうですけど…」
木刀の痛みを葵は知らないが骨が折れる程の衝撃が来ることは姉に教えてもらっていた。
葵が雅人のことを気にかけていると離れて体育をしている男子の方からカキーン!という軽快な音が聴こえてきた。
「葵、当たるから離れて!」
詩音が葵を庇おうと引っ張るが葵は動かなかった。
詩音の力で引っ張れば葵を動かすくらいは出来るはずだった。
だが動かない。
このままでは野球の球が当たってしまう。
いつぞやに見た光景。
葵の前にグローブが出ると球をキャッチした。
「おい、大丈夫か?」
「遅いじゃない!もっと速く走りなさいよ!」
「これでも全速力だ」
ボールを取ったのは赤嶺雅人だった。
雅人はボールを投げるとそのまま葵に向き直った。
「体調悪いなら保健室行けよ?」
「…大丈夫です。少し考え事を…しいていただけなので」
「そうか。なにかあれば言え」
「はい。ありがとうございます」
じゃ。と手を挙げて去ろうとする雅人の体育着の裾が風で揺れた。
「待ってください!」
「なにすんだよ!」
葵は素早く手を引くとそのまま雅人の体育着を捲り上げた。
そこにあったのは見るだけでも痛々しい傷だった。
肩甲骨から腰にかけて細い一本のミミズ腫れに背中全体に青い痣が出来ている。
「…どういうことですか…なんですかこの傷…大丈夫って!言ったじゃないですか!」
葵は涙を浮かべ叫んだ。
「…俺からすればこれくらいどうってことない」
「赤嶺くんからすればどうってことなくても!私からすれば重症です!体育なんてやってる場合じゃないです!さっき動きが鈍かったのもこの傷のせいですよね」
雅人がピクリと反応したのを葵は見逃さなかった。
「やっぱり…私のせいで…また人を巻き込んで…」
葵は涙を流しながら座りこんでしまった。
「赤嶺、葵はウチに任せて体育に戻って。言いたいこともあるだろうけどそれは葵が落ち着いたらにして」
「…ああ。分かった」
詩音の仲介によりなんとか喧嘩にならずに済んだものの雅人の中のモヤモヤは溜まっていくばかりだった。
その後葵と会えないまま放課後となり葵は先に帰ってしまった。
自転車で急いで帰って隣の204号室の扉を叩いた。
「古賀!ハァ…ハァ。古賀!居たら返事くれ!」
呼びかけてみても返答はなかった。
そのかわりにポケットの中のスマホが震えた。
『今、顔を合わせたくありません。勝手ですがすいません』
というラインが来た。
「ドア越しでいいから聞いてくれ…」
半ば諦め気味に言うと『わかりました』という返答が来て中から数回ノックが聞こえた。
「まずはえっと…悪い。古賀に心配をかけたくなくて怪我のこと黙ってた。正直に話すと校外学習の落ちた時に捻挫もしてる…。さっきも言ったがどれも俺からすれば日常茶飯事のことなんだよ」
『それでも私は心配です。守ると言ってくれた赤嶺くんにも怪我はしてほしくありません』
「だから、これは怪我のうちにはいら…そうだな」
当然のことながら雅人の言葉での説得は出来ない。
詩音という言葉で殴ってくる師匠から助言をもらっていた。
(『喧嘩になりそうになったら1回それを飲み込みなさい』だろ。よし、出来てる)
「俺は、今まで誰かの為に動いたことがないんだ。兄弟はいないし家の手伝いなんて半年に1回すればいい方、この全身の怪我も自分のために怪我したものだ。だからその…えっと…」
この時点で雅人の中のボキャブラリーは尽きていた。
あとは漫画などから得た付け焼き刃で戦うしかなくなったのだ。
「俺は葵を守るためだったらどんな怪我しても平気だしなんともない。だけどな…葵が傷つくのは俺だって嫌なんだよ…」
葵と同じく、雅人も葵が怪我したり痛めたりするのは嫌なのだ。
それは外傷は勿論の事、心の傷も同じこと。
雅人が怪我しない方法なんていくらでもある。
今日、階段から落ちたのだって葵を見捨てれば少なくとも雅人は怪我せずに済んだはずなんだ。
だがその場合、葵の骨は無事では済まないだろう。それを雅人は知っていたから助けた、かわりに自分が怪我をした。
「今日怪我したのだって本当に運が悪かっただけだ、受け身を取り損ねて背中を打っただけだ。湿布でも貼っていれば明日には引いてる」
『私のせいで誰かが傷つくのは嫌なんです』
1番の問題点はここだ。
葵を助けるには怪我を伴うが葵は怪我して欲しくないという矛盾が生じている。
これは葵本人でもどうにか出来る問題ではなく完全に体質のせいということになる。
それを力技で解決出来なくもないがそれにもある程度の犠牲がつくだろう。
「じゃあ。なんか考えてくれ。葵も俺も怪我しない最高の方法を。2人で考えようぜ…」
自分では手に負えないと思った雅人が出した結論はこれだ。
男のくせに結論を2人で出そうなんて情けないと思う人もいるだろうが、これはこれでいい判断だ。
矛盾が生じてそれが解けないのであればどちらかが妥協するしかない。
それを2人で探そうというのだ。
一方の意見でだけではなく、2人の意見で。
「それなら…話し合いましょう…」
今度は無機質な文字ではなく、半泣きの涙声でそう聞こえた。




