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第23話 疲れ×迷惑

1週間が経ち5月も中盤に入ったある日。


「赤嶺くん。この資料を職員室まで運ぶのを手伝ってくれませんか?」

「いいけど…安田は?」

「それが見当たらなくて…」

「あんの馬鹿…仕事しろよ」


そうブツブツ言いながら雅人は資料を持って職員室に向かった。


「今日の夜ご飯はなにがいいですか?」

「…魚」

「魚だと煮物になりますけどそれでもいいですか?」

「ああ。肉より魚派だから」

「意外です。赤嶺くんはジャンプ肉でも齧ってそうなイメージです」

「遠回しに肉食系って言ってる?」

「いえ、そんなつもりは…」


「そう言えば、最近コケたりしてないな」

「はい。迷惑はかけられないので出来るだけ注意しながら動いてます」

「…ふーん」


資料を職員室に届け、飲み物を買いに階段を降りた。


「赤嶺くんは、いつも炭酸系ですけどお茶とかは飲まないのですか?」

「お茶は飲まないな。こう喉にグッと来ないと飲んでる気がしない」

「そうなんですね。私なんかはその炭酸のグッが苦手でいつもレモンティーかミルクティーです」

「あとコーヒーも飲むな。眠気覚まし」

「モンスター先生は飲みませんか?」

「めっちゃ飲む」


雅人が炭酸を葵がレモンティーを買った。


「あれ?」

「どうした」

「キャップが開かなくて…」

「可愛いか。貸してみ」


葵からペットボトルを受け取るとキャップを捻った。

固く締まってるのかと思いきやそんなことはなく簡単に開けられた。


「ん」

「ありがとうございます」


飲み物を受け取ると一口飲んでキャップを閉めた。


2人で教室に戻ろうと階段を登ってる時にそれは起きた。

フラッと葵の体が傾いた。が、なんてことはなく片腕で支えられるほどだった。

葵が雅人の腕を払ったりしなければ。


「なっ!」


自然の重力で落下するモノに追いつくには自然の重力を使ったのでは遅れてしまう。

つまり、雅人が取った行動は、その場から葵に向けて飛びかかった。

重力がダメなら重力に加え、脚力も使えばいい。

足を階段にぶつけ、背中を地面へと強打した。


雅人は小さな体を抱えながら気を失った。


次に雅人が目を覚ましたのは保健室のベットの上だった。


「痛って!くっ…」


数々の物理的ダメージを受けてきた雅人の体でも耐えられないほどの痛みが全身を襲った。


「起きた?」


声がした方に目線を向けると白衣を着た養護教諭の白井先生がいた。


「…古賀は…。俺と一緒にいたはずだ」

「ああ、それなら隣で寝てるよ。目立った怪我もないし疲れから階段を踏み外したんだろうね」

「…俺といるの疲れるのか…」

「そりゃ、そうでしょ。元不良なんだから」

「そうか…」

「で、捻挫のその後はどうなの」

「ああ、今は完全に回復した」

「びっくりしたよ。背中は打った跡あるし足は捻挫してるし…ボロボロだったじゃん」

「…心配かけたくないんだよ。不幸体質だってことは知ってるしそれにいくら巻き込まれようが俺は構わない。ただ、古賀には笑ってて欲しい」


葵を守ると決めた時から言っていたこと。

葵は自分の不幸体質の危険性をちゃんと分かっている。

人が自分といたらどんな酷い目に会うか。分かっているからこそ誰も寄せ付けなかった。

1人でも大丈夫という点においては強い心を持っていると言えるが、運動音痴の葵が自分のことを守れるはずもない。

雅人の力があれば葵の周りで起こる小さな運なら未然に防げたり守ったり出来ると考えたから申し出た雅人だが、葵の気持ちを碌に確認していなかった。

雅人は今思い出した、葵は断れない性格だということに。


「骨は大丈夫だと思うけど心配なら病院行って来な。あと、運んできた豹堂と神崎にはお礼を言っておきなよ」

「ああ。分かった」


ブレザーを着ると雅人は保健室を後にした。

その去り際の顔はイラつきとはまた違う顔をしていた。


「…もういいよ」


声をかけると閉め切られていたカーテンが遠慮がちに開かれた。


「ね?迷惑なんかじゃなかったでしょ?」


葵も葵で悩んでいた。

自分の不幸体質に巻き込んでいいのか。巻き込んでいいとしてもどこまでなら許してくれるのか。

慧輝の件を経て、葵は出来るだけ不幸が起きないようにしていた。

だがそれは常に集中していなければならない。

人間が集中出来るのはどんなに環境、テンションが揃っていても2分〜3分が限界と言われている。

これは別に葵だけじゃなく全ての人に当てはまる。

それを1日中続けようとしたら精神が疲れてしまう。疲れた結果、階段から落ちるということが起きたのだ。


「赤嶺が言ってたけど、手を払ったってどういうこと?」

「すいません…飲み物を飲んでから記憶がなくて…無意識だったと思います」

「無意識だったにしろ、彼からすれば凄いショックなことだったと思う。1回話あってみたら?どこまで甘えていいのか。そうすれば古賀も我慢しなくていいし赤嶺も自分と一緒にいたら疲れるーなんてこと気にしなくていいし」

「そうしたいんですけど…」

「嫌われたくない?」


葵は首を縦に振った。


「せっかく守ってくれると言ったのにあまりに甘えたら嫌われそうで…」

「そんなんで古賀のことを嫌うならその程度の男ってこと。嫌われてよかったじゃないか」

「そ、それでもお隣さんですし気不味くなるんじゃないかな…なんて考えたり」

「古賀は姉みたいになりたい?」

「なりたいです。かっこよくてなんでも1人で出来て人の上に立てるお姉ちゃんが羨ましいです」

「わたしは茜と同級生でね。これはこの前総会の時に聞いた話なんだが…茜には言うなよ?」


白井先生はそう前置きを置いて話した。


『アタシも葵のような可愛さがあればもっと女子高生らしく、女子大生らしく生活できたのかな…』

「茜はこう言っていたよ。両者共に姉妹そろってお互いを羨ましがってたってことだ」

「でもお姉ちゃんはそんなこと一言も…」

「言うわけないでしょ。あの茜が。それでも古賀葵には古賀葵の良さが、あって茜には茜の良さがある。自分を茜に合わせる必要はない」

「で、でも」

「ま、その辺は時間が解決してくれると信じているが…神崎と豹堂に頼んでみるかな…」

「え?詩音さん?」

「なんでもない。とにかく!古賀は赤嶺に甘えてみろ。それで嫌われたら茜にチクれ。赤嶺は古賀の前には一生姿を出さないだろう」


雅人が葵の前に顔を出さないのは非常に難しい。

もし本当に姿をみせなくなったらその時は赤嶺雅人という不良はこの世から去っていることだろう。


「わたしからは『甘えろ』以上!」


不安を抱えながら葵は教室へと戻った。

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