第16話 解決×誤算
「推理と呼べるものはないな」
「嘘つけよ。あるだろ。お前の頭の中に」
「なんでおれを目の敵にする?おれから言わせればお前の方が怪しい」
「わざわざ捕まえた葵を自ら解放しようとするほど馬鹿じゃないんだわ」
「そんなの計算のうちかもしれない。自分の秘密を知っている先輩達を遠くにおきたかった。だから、作戦を練った」
「作戦?そんな面倒なことしなくても俺が殴って終わりだ。病院送りなり、墓場にでも送ってやればいい」
「その考えこそ、危険であり1番の証拠じゃないか?」
「どういう意味だよ」
「だっておかしいじゃないか」
慧輝は自分の考えを語った。
「まず、なぜ先輩達が数人だけだと分かった?外部から手を借りて人数を増やしてるかもしれないのに。なぜ、校庭に逃げれば素直に追ってくると分かった?もし追ってこなかったら古賀さんがひどい目に合う所だったのに。なぜ、不良である君より不良じゃないおれが疑われるんだ?」
「………」
今までで拳で会話して来た雅人は慧輝の疑問を聞いただけで頭がいっぱいになった。
情けないことに、雅人に言葉での殴り合いは絶望的に向いていないようだ。
「ほら、答えられない」
「今考えてんだろうが…少し待て」
「考える必要があるのか?無実なら考えるまでもなく答えは明白なはずなのに」
慧輝のまくし立てにより雅人は一気に悪へと落ちた。
「慣れない癖に口論なんてするから…」
「うるせぇ。俺はやってないんだから堂々としてればいいんだよ」
「間違ってないんだけどな…質問に答えられなきゃ意味がないだろ…」
これが拳で喧嘩してきた不良の末路である。
「ほら、質問に答えろよ。まず1つ目。なんで先輩の人数が少ないって分かったかだとよ」
「さんきゅ。そんなの簡単だ。外と繋がってるなら外で監禁なりすればいい。わざわざ範囲が絞られる校舎内でやる必要はない」
「2つ目、なんで校庭に誘導出来たか」
「昔からの付き合いでな。考えが分かるんだ。それに、仁1人だったら脅すなりなんなりして口止めしようとすると踏んだからだ」
「3つ目。なんで安田が疑われるかだと」
「怪しいから」
「ばっか…それじゃあ理由になってないでしょうが」
「うーん。古賀と一緒にいる時間が長いから」
「それはアンタも同じでしょ」
「えーっと…」
「無理にこじつけなくてもいい。見苦しいだけだ。まだお前の悪は晴れていない。そもそもおれには動機がない」
「俺にだってないわ」
「あるだろ?古賀の姉に勝てなかったお前は妹に八つ当たりをした。違うか?」
「赤嶺…くん…そんな…」
今まで無口だった葵が雅人に向かって恐怖の感情を抱いた。
「そんなことしてなんになる?姉には勝てないし古賀を傷つけるだけだ。いくら馬鹿な俺でもそれくらいは分かる」
「口ではなんとでも言えるだろ」
「そういう安田はどうなの?」
「は?どうとは?」
「赤嶺が悪だっていう言い分はわかった。なら、今度は自分の無実を証明しなさいよ。それが出来ないなら赤嶺が悪ってのもただの妄想または希望ってことになるけど?」
「無実を証明って…さっきも言ったがおれは動機がない。それに一緒に古賀さんを探しただろ」
「そんなの、居場所がわかっていればそっち方面を探さなければいいだけの話。証拠にならないわ」
口論という言葉の殴り合いに置いて女は強い。
まだ小学生と高校生くらいの差があれば勝てる見込みはあるが同い年の女子に言葉の殴り合いで勝てるなんてことはほぼない。
拳系女子の茜ですらちゃんと口論は出来るのだから。
「それに、動機がないって言ったけどそんなの探せば大量にあるじゃない。例えば、安田も葵の姉と接点があるとか、葵に一目惚れしたから落とすために先輩を使った…とか。まあでも、これは証拠もない空想だから否定してくれて構わないけど」
「そうだ。妄想でおれを黒幕にしないでくれ」
両者一歩も引かない状態となった。
雅人が劣勢だったにも関わらずこの数分の詩音の手助けによってクラスメイトも分からなくなって来ていた。
そんな状況を塵を飛ばすかの如くひっくり返し返したのは雅人も慧輝も詩音も想定外の人物だった。
「少しお邪魔するよ」
「お前…生徒会長がなんの用だよ」
教室に顔を出したのは生徒会長の橘真琴だった。
「いやー。資料を片付けて帰ろうとしたら声が聞こえてね覗いてみたのさ」
「俺達は見ての通り忙しいんだ。とっとと帰れ」
「そうしたいのは山々だけど、これを聞いて欲しい」
そういって生徒会長が出したのは録音レコーダー。
『マジでやるのか?』
『大丈夫ですよ先輩。赤嶺雅人は馬鹿だからバレバレな証拠を残しても見落とします。あとはおれが関わったことは内緒に。そうしたら倍にして払いましょう』
『ま、危うく正面にから突っ込んでボコボコにされるところだったからな。策があるのは有難い』
そこで録音は終了されていた。
「特別棟からいい声が聞こえたからつい録音してしまったんだよ。この声の主を知らないかい?是非とも生声を聞きたくてね」
この場をひっくり返す重要証拠を持っていると知ってか知らずか生徒会長は飄々としていた。
「この声、安田の声だよね?なんで特別棟で先輩と話してたの?なんで赤嶺の名前が出てくるの?」
「部活の話だ。赤嶺は運動神経だけはいい。それに負けないように頑張ろうって話だ」
「あ、あとこれも同じ人だろ思うんだけど」
『今日の放課後でいいんだな」
『ええ。構いません。特別棟は普段生徒が立ち入らない場所です。一昔前まではゲーム探偵部があったらしいですが今は廃部になり誰も使ってないそうですから。だれも探しに来ませんよ』
『あとは計画通りに頼んだ』
『任されました。古賀葵を人質に取るといいでしょう。赤嶺唯一の弱点ですから』
『分かった。あとはおれたちに任せろ」
「これも美声だよねー」
「お前…ほんとお前…」
「どうしたんだい?僕は声を録音してこの声の主を探しているだけさ」
「ああ、そうかよ。でもありがとよ」
「…どういたしまして」
「さて、これで言い逃れは出来なくなったけどどうする?」
「生徒会まで出しゃばるとか聞いてない」
「赤嶺くんの監視はあくまで生徒会個人的なものなんだよ」
「おい。初耳だぞ」
「本当は言うなって言われてるけど種明かしをしよう」
「ここのOGである古賀茜さんと僕は面識があってね。それで頼まれたんだよ。『後輩の世話を頼む』と。それで彼の近辺を監視しながらなにか事故を起こしてないかと思って探ってたのさ」
「うへー趣味悪」
「今日だって資料を片付けていたのは確かだけど副会長から『この時間になっても2人が帰ってない』って連絡が来たから校舎内を探してたんだよ」
「暇かよ。受験生くせに」
「暇だよ、受験生くせに」
「さあて…人を散々黒幕にしたわけだけど、なにか見苦しい弁明はあるか?」
「…物的証拠を出されればひっくり返すのは無理だろ」
「認めるんだな」
「ああ、おれの完敗だ。まさか生徒会がバックについてるなんて」
「俺もビックリだ。こいつらが裏で動いてるとは思わなかった」
「演技の実力は壊滅的だと思ったから黙っておいたんだよ」
慧輝の誤算は、雅人を独りにしなかったことである。
雅人独りにすることが出来ていれば雅人が犯人として人数でゴリ押しが出来たのだ。
豹堂仁、神崎詩音。
この2人を慧輝側に付けていれば成功したかもしれない。
だが、それはあくまでも可能性の話である。




