第15話 人質×疑惑
「んー!んんー!」
「うるせぇな…静かに出来ねぇのかよ」
教室などがある普通棟とは少し離れた位置にある特別棟。
暗い教室の中、葵は手足を縛られ口にはタオルが巻かれていた。
教室内には気配だけで数人はいる。
「電話が4回、ラインが3通…足りねーな」
「んー!んー!」
「うるせぇって言ってんだよ!死にたくなかったら静かにしてろ!」
いくら葵が不良に慣れていると言っても刃物をチラつかせられては抵抗は出来ない。
「本当に赤嶺が来るのか?その気配はないけどな」
「絶対に来る。アイツにとってコイツは命をかけてでも助けたい奴だからな」
「こっちには人質いるし、完璧だな」
男子生徒の汚らしい声がひびいた。
「ん…ん…」
「あ?なんだよ…」
葵の口を塞いでいたタオルを取った。
「なんで…こんなことを…私を人質に取ったところで意味なんてないです!」
「おれらさ。赤嶺にちょっと借りがあるんだよ。それを返そうかなと思ってるわけよ。そこで、お前には人質になってもらう。アイツに真っ向から向かって敵うわけないからな」
「そんなの卑怯じゃないですか!」
「おいおい。おれたちは見ての通り聖人君子じゃない。勝つためならどんな手段だって使うし勝ち方は選ばない」
「復讐になんの意味があるっていうんですか」
「お前にはわからねぇよ。これはおれたちの問題なんだから」
葵は自分という弱い存在を呪った。
もし自分が居なければクラスの皆に心配をかけずに済んだかもしれない。
自分が居なければ雅人の足枷になることもなかったかもしれない。
自分が強くあれば年の変わらない男子生徒くらいだったら余裕で勝てたかもしれない。
葵は自分がどれだけ周りに甘えてきたか知った。
雅人のように1人で戦っていたわけでも姉のように人を率いて戦っていたわけでもない。
ただ強い姉と強い友人に守られていたのだと思い知った。
不幸体質を理由に人を遠ざけ、1人で戦っている気になっていただけだと思い知った。
(こんなことならいっそ…誰とも触れ合わなければ良かった…)
不幸体質という目には見えない体質により葵の負の感情に呑まれそうになっていた。
全ての元凶を自分と考え自分を卑下する。葵の悪い癖だった。
「そう言えば…赤嶺が来たらお前は用済みなんだよ。用済みになってそのまま捨てるなんて勿体ない」
「え…嫌、来ないでください…」
控えめみ見ても葵は男から見ていい体つきをしている。
胸はあるのに太っているわけではない。太ももまで伸びているニーソによって作られる絶対領域の誘惑はすごい。葵自身、ブスというわけでもなく普通にオシャレすればナンパに会うであろう程度には美少女である。
男たちの手が葵に伸びる。
「いや…嫌!来ないでください!」
拘束されている足を必死に動かして逃げようとするがすぐに捕まってしまった。
仰向けにさせられるとブラウスのボタンを引きちぎられ大きな胸とそれを包み込むブラジャーが丸見えとなってしまう。
「離してください!嫌…嫌…」
「おお!めっちゃいい身体してんじゃん!これで処女とか勿体ねー」
「嫌…嫌…」
組み敷かれた葵に出来ることは誰か早く助けに来てくれることを願うことだけだった。
葵の胸に男子生徒の手が伸びようとした時、ドアが蹴破られた。
「おお…意外と簡単に壊れるもんだな…あ」
「あ?」
「えーっと古賀。助けに来たぞ」
丸腰逃げ腰という情けない助け方で登場したのは喧嘩できない不良、豹堂仁だった。
仁はスマホを取り出すと葵が写らないように写真を一枚。そして逃げた。
「は?…待ちやがれ!」
いきなりの意味不明行動に一瞬遅れたが数人がすぐさま仁の後を追いかけた。
仁が逃げた先は校庭。
最終下校時刻をとうに過ぎていて生徒の姿は見当たらず静けさだけが残っている。
「ハァハァ…キッツイ…もう走れない…
「テメェ…いい度胸じゃねえかよ!」
走り疲れてへばったところに腹に一撃蹴りを食らった。
その弾みで仁は地面に倒れこんだ。
「ゴホッ!ゲホッ!」
「おら、スマホだせ。さっきの写真消せ」
「このまま殴り殺してもいいんだぞ!」
「…これ…ロック…1234…」
仁がポケットからスマホを取り出しロックを解除させた。
その直後にラインが来た。
メッセージに文面はなく送られてきたのは動画だった。
『テメェ!いい度胸じゃんかよ!』
それはついさっき見た光景だった。
取られた場所からして校舎内。しかも場所までも特定出来る馬鹿正直な撮り方。だがそれこそが仁の狙いだった。
1件目に気を取られているうちに3件連続出来た。
いづれも校舎内から撮ったもの。だが場所がバラバラだった。
送られてくるラインは徐々に増えていき最終的に30件にまで増えた。
その全てが違う階、違う場所から撮られている。
「まだ気がつかねぇのかよ。お前らは失敗したんだよ。古賀を人質に取った時点で!オレ達を敵に回した時点で!お前らは赤嶺が出てきて正当防衛でもこの学校から追い出したかったんだろ!だから赤嶺が怒りそうなことして退学にしたかったんだろ!でもな、こっちにだって策はあるんだよ。赤嶺は今頃どっかの教室でお前らを殴りに行かないように縛り付けられてるだろうよ」
蹴られた腹を抑えながら仁は立ち上がった。
今この瞬間にも新たな動画が作られている。
男子生徒の一挙一動が証拠となり罪を重くする。
そのうちパトカーのサイレンが響き、木刀やらバットやら持っていた生徒達は警察署で話を聞くことになった。
現行犯にはならないだろうが、証拠の動画があり葵の証言もあるため少年院行きは確定だろう。
仁が教室に戻るとクラスメイトが寄ってきた。
「お疲れ様、大丈夫だった?」
「怪我とかしてない?」
「豹堂、お前ヒーローすぎるだろ!」
賞賛するクラスメイトの中に椅子にグルグル巻きに縛り付けられた雅人の姿もあった。
もちろん、ブレザーを羽織った葵の姿も。
「赤嶺、オレやったよ」
「…おつかれ」
「見せ場を取られたからって怒るなよ」
「違ぇよ…まだ全員捕まってないから言ってんだ」
「葵を攫った奴ならとっくにパトカーの中だけど?」
「アイツらは一学年上だがよく知ってる。こんな人質を取るなんて頭はねぇ。だれかに入れ知恵されたんだ」
「まだ黒幕がいると?」
「そうとしか考えられねぇ…半殺しにしたあと吐かせるつもりだったが察にパクられたなら無理だし俺たちが自力で探すしかないんだ」
「茜さんは?なにか知らないの?葵の場所がわかったのだって茜さんのおかげでしょ?」
仁が葵のいる教室のドアを蹴破れたのは偶然じゃない。
事前に情報提供があったからだ。
入学前の電話で茜は『サボり場所がいっぱいある』と言っていた。
普段使う普通棟にサボれる場所なんて少ない。だが普段使わない特別棟ならどうだろう。鍵に細工をしたとしてもそこまで注意深くは見ないだろう。
特別棟で中から声がする場所を探して皆に知らせ、配置についた後蹴破った。
「茜さんは今回の件を知ったらマジで殺しに来るから事後報告にしたい」
「恩師を人殺しにはしたくないよな」
「あの人俺より力強いぞ」
「抑えられるの赤嶺か葵しかいないだろ」
教室に残った1年1組の生徒達は犯人探しをしていた。
状況から上級生の中だとか、外部からの問題とか色々案が出た。
だが、雅人の頭の中には1人しかいなかった。
「お前も黙ってないでなんとか言えよ。安田」
「なんとかってなにをだ」
「お前の推理を聞かせろって言ってんだよ」
解放された手足をぶらつかせ雅人は一歩近づいた




