第12話 お弁当×夫婦
生徒会の監視から逃れられる放課後。
「疲れた...」
「お疲れ様です。今日一日平和に過ごせてよかったです」
「この前ぶっ飛ばしたばっかだから噂が広まったんだろ。よくない方の噂がな」
「大丈夫ですよ、人の噂も七十五日と言いますし、すぐに治まります」
「だといいけど」
帰宅した雅人達はドアの前で別れた。
「あ、カップ麺買うの忘れてた...」
雅人の主食はカップ麺である。自炊なんて出来ない雅人は大抵コンビニ弁当かカップ麺、食事風景だけみれば終電近くになり料理する気力も湧かないサラリーマンの食事。
流石に夕飯抜きは雅人でも辛いから近くのスーパーに買いに行くことにした。
「あ...」
着替えて出かけようとするとドア前に私服姿の葵がいた。
「どうした?」
「あの...夜ごはんの食材を買い忘れてて...」
「荷物持ちとして俺を使おうと?」
「....手伝ってもらえませんか?」
気まずそうに目線を逸らした後、上目遣いで眉尻を下げて葵は言った。
「別にいいけど。俺もスーパーに行こうとしてたとこだし」
「ホントですか!ありがとうございます」
「遅くなる前に行くぞ」
「あ、待ってください!」
雅人の後ろを親の後を追いかける子犬のように追いかける葵。
「いつもはどうしてんだよ」
「いつもはお姉ちゃんと一緒に買い物してます」
「マジで?茜さん料理出来たっけ?」
「いえ、料理は主に私が。お姉ちゃんは食べる専門です」
「だよな」
雅人の記憶が正しければ茜はカップ麺の麺をふやかさずに食べる人だ。
「食べられれば一緒だろ?乾いてるか湿ってるかの違いなんて些細な事だ」とは本人の言葉。
いくらお腹が減っていたとしても雅人にはあそこまでのことは出来ない。
「そういえばキャンプで料理してたのも古賀だったな」
「はい。料理の時は不幸体質のこと、忘れられるので」
「そのうち料理中も怪我しそうで怖いな」
「そこまでドジじゃないです!」
「いつかの話だ」
葵の反応を見るに雅人がいることで少しは体質を忘れられている時間があるのかもしれない。
「赤嶺くんは料理とかしないんですか?」
「しない。てか、出来ない。出来ないから調理器具もないしな」
「いつもはどうしてるんですか?」
「コンビニかインスタント」
「お昼ご飯は?」
「なし。なくても動けるからな」
「な、なら!私に作らせてもらえません...か?」
「は?」
ここまで言って葵は自分がなにを言ってるのか理解した。
考えても見てほしい、好きでもない相手の分まで弁当を作ったりするかを。
「やましい意味ではなくて、いつもお世話になってるのでそのお礼というか...そういうのです」
葵は恥ずかしさで逃げ出したい気持ちを抑えながら口を開いた。
姉と違って雅人は赤の他人。しかも相手は不良。作った弁当より葵が食べられてしまう方が自然なのだ。
「それはありがたいが...大丈夫か?」
「はい。2人分も3人分も変わりませんから!」
「そっか。サンキュー」
スーパーに到着し今日の食材と明日からの食材を買った。
「なにが食べたいですか?」
「....なんでもいい」
「なんでもって意外と困るんですよ?コンビニのお弁当よりは美味しいものは作れるのでその辺は大丈夫だと思いますけど...」
食材を買いながらスーパーを歩いている時のこと。
「あら!夫婦で買い物かい!仲良しだねー!」
少し恰幅なおばちゃんに捕まってしまった。
制服から店員で名前プレートから店長だということも分かった。
おばちゃんの脳内はこうだ。
『料理の会話』→『学生ではなく成人』→『成人の男女』→『夫婦』
という交際カップルとか兄妹とかの可能性をガン無視した考えによって雅人達を夫婦だと思ってしまった。
「別に夫婦じゃ...」
「照れなくてもいいよ!おばさん舐めんじゃないよ!一目見ればすぐわかるんだから。あんた、旦那なんだからもっと食べなきゃ!ヒョロヒョロじゃないか!男は太ってなんぼだよ!」
「だから旦那じゃ...」
「こんな可愛い奥さん連れてるんだからもっとシャキッ!としな!そんなんじゃどっか行っちゃうよ!」
横であたふたする葵に対し雅人は冷静だった。
いつもなら「余計なお世話だクソババア」と言って立ち去っていただろうがそうしないのは理由がある。
(あー。母さんもこんな感じだっけな)
昔から聞いたようなことを言われ少し懐かしみを感じていた。
雅人ほどの不良を抑えられるのならこれくらいパワフルでも問題ない。むしろ、これくらいでなければ雅人は抑えられない。
「分かった!?食べるときは食べる!これ、半額にしてあげるから食べな!」
「いいって。ちゃんと食べてるから」
「なら奥さんに渡して置くから自分でやるなり料理してもらうなりして食べな!」
雅人達を喋っている間に業務連絡がかかり店長はどこかに行ってしまった。
「....嵐のような人だったな」
「わ、私達って夫婦に見えるんですかね...」
「さあな、でも学生で兄妹でもなく夕飯の話をするってのはないだろ。だからあの人は夫婦だと思ったんだと思う...多分」
「否定も出来ずすいません」
「別にいい。俺も出来なかったから」
嵐の前には1人の不良など塵も同然だということを思い知らされた雅人だった。




