第10話 疎遠×監視
「んじゃあ、これから係と委員会を決めるぞー」
二日目の夜。
会議室的な場所に集められた雅人達は班ごとに座っていた。
「最初にクラス委員を決めたいんだが…立候補はいるかー?」
クラス委員なんて担任の雑用のようなもの。
そんなの誰もやりたくないに決まってる。そうなるとなにが始まるかというと、
「慧輝お前やれよー」
「向いてないから無理だって。逆にお前やれよ」
「えー嫌だよ」
素晴らしき譲り合いの精神。もっと言えばなすりつけ合い。
「慧輝がやったら女子は立候補するかもしれないだろ」
「おれを餌にするなよ」
「あーこのままだと推薦をわたしの方で選ぶことになるが…」
この2泊3日の校外学習で身につくものは2つある。
1つは交友関係。
もう1つは…自分の立場。
自分がハッチャケていい人間か、ダメな人間かがこの3日のうちにわかる。
わかることで人との摩擦を無くし学校ヒエラルキーを自然と作り上げる。
慧輝を囲むメンバーも『これから私達青春しまーす!』とでも言いたげな雰囲気を醸し出している。
「いや、おれが立候補したらもう1人は決まってるぞ?」
「えー誰!?公然告白とかやってんなー!」
「そんなんじゃねぇって。先生!おれ立候補します」
「お、助かるなー。指名がどうのって言ってたがちゃんと本人の意思は確認しろよ」
「分かってますよ」
慧輝は席を立つと真っ直ぐある人物のもとへと向かった。
「古賀さん、おれと一緒にクラス委員してくれないか?」
「え、ええ?私ですか?」
「ああ、そうだ。古賀さんとならやってもいいかなって思ってる」
「おおっとー!王子のハートを射止めたのは、古賀葵だー!」
「ええっと…」
葵はチラッと雅人の顔を伺うが雅人の顔からは否定的な考えは読み取れなかった。
「私で良ければよろしくお願いします」
クラス中から冷やかしの声と指笛が響いた。
☆
葵がクラス委員になってから雅人と一緒にいる時間が減った。
その間にも葵の不幸体質により慧輝が怪我をしたりしている。がどれも軽傷で済んでいるために慧輝は気にしていない様子だった。
「古賀」
「あ、はいなんで…」
「古賀さん、ちょっといいかな。この荷物なんだけど…」
「すいません、行ってきます」
「おう」
慧輝に呼ばれ葵は行ってしまった。
いつもなら一緒に帰るのだが校外学習が終わってからは一度も帰れていなかった。
「いいのか?安田に取られて」
「古賀が選んだんだからいいんじゃないか」
「そうそう。あんたらみたいな不良よりよっぽどいいでしょうよ。安田なら葵のことも守れるだろうし安心なことばかりね」
「そういうことだ。茜さんにはちゃんと説明すればいいだけだしな」
「赤嶺がいいならいいけど…」
そんな様子が4月の終わりまで続いた。
葵と雅人は時々時間があれば話す程度でほとんど慧輝と一緒にいるようになった。
そしてこの時期になって増えたのが、
「おめーが赤嶺か噂通りの赤髪だな」
「誰だお前ら」
「まだ純粋な後輩に教育しにきたんだよ!」
先輩から喧嘩を売られることが多くなった。
雅人は1人でこの辺りの不良と渡り歩いてきた猛者である。
ただ遊び半分に挑んできた先輩に負けるわけもない。
「学校内じゃこんなもんか…」
そもそも、本当の不良だったら学校に来るわけもないし下をいびって遊びもしない。単純に詰まらないからだ。
手をはたいて土を落とすと雅人は帰路についた。
次の日。
雅人は職員室に呼び出されていた。
「お前な…いくら先輩だからって本気で殴ることないだろ…内臓は無事だが骨イカれたぞ」
「喧嘩売ってくるあいつらが悪い。下狩りなんてダセェことするからだろ」
「それはそうだが…はぁ後で生徒会室に行け。会長が用があるそうだ」
「うげー面倒だな…」
「その場で逃げてれば呼ばれなかっただろうよ」
雅人は職員室を出て生徒会室へと向かった。
ノックもなしに開けると1人の女子生徒が着替えをしていた。
その女子生徒は、赤髪を腰まで伸ばし着替えの途中でブラウスのボタンは閉まっておらずその隙間からは小ぶりな丘が見えた。
胸は小ぶりだが腰から伸びる脚はふっくらとしていてされど太ってはいなくて脚フェチには堪らないだろう。
「…生徒会長ってどこ?」
「今はいないわ」
「あっそう」
雅人が扉を閉めると中から悲鳴が聞こえた。
何事かともう一度扉を開ければ先ほどとほぼ変わらない状態の女子生徒がいた。
「なにしてんの?」
「なにしてんのじゃないわよ!普通女の子の着替え覗いたらごめんなさいでしょ!なのに平然として…この変態!」
「あ?」
女子生徒の言い分は正しくはあるのだが雅人からすれば言いがかりも甚だしい。
担任から生徒会室に行けと言われ面倒くさがらずに来てみれば変態呼ばわり。
「そもそもなんで生徒会室で着替えてる。更衣室を使えよ」
「体育の片付けしてたら更衣室が閉まってたの!だから誰もこないここで着替えてたの!そもそも貴方一年生でしょ!アタシは二年生!先輩!わかる?」
「年上なんだろ?分かる」
「そうじゃなくて…!」
「いいから早く着替えろよ。会長来るぞ」
「一旦出なさいよ!」
吠える女子生徒を尻目にドアを閉めると丁度男子生徒が1人歩いて来ていた。
「おや、赤髪の生徒ということは君が赤嶺くんかな?」
「ああそうだが、お前は」
「ははは。相変わらずの怖いもの知らずか、僕は生徒会長の橘真琴だよ。君のことは牧野先生から聞いているよ。で、なんで入らないんだい?鍵は開いているはずだが?」
「中に変態がいたから」
「変態?」
「誰が変態よ!変態はあんたでしょ!」
「ああ、梓くんか。また最後まで手伝いを?」
「誰もやらないから仕方なくアタシがやってるだけです。出来れば時間までに着替え終えたいです」
「彼女は生徒会副会長であり僕の右腕の水谷梓くんだよ。こう見えて武術をしていてね、この学校が荒れないのも彼女のお陰なんだよ」
「こう見えては余計です。で、彼はなんなんですか」
「彼は赤嶺雅人。つい昨日問題児3人をボコボコにした本人さ。まぁ立ち話はなんだから中へ入ろうか」
生徒会室に入るとさっきまで着替えていたであろう体育着が脱ぎっぱなしになっていた。
「お前…」
「だーかーら!アタシ、先輩、敬語、使いなさい」
「敬語って敬う語って書くんだぞ。敬ってないなら別に必要ないよな」
「屁理屈を…」
「まあまあ、談笑はその辺にして本題に入っても?」
「そうだ。なんで俺を呼び出した」
「君を僕らの監視下に置こうかと思ってね。それを事前に君に伝えて置こうと思って」
「意味がわからない」
「なに、簡単なことさ。常に僕らの監視があると思えばいい。まあ、監視と言っても防犯カメラと一緒でアクションは一切出来ないけどね」
「なんの意味がある」
雅人は人に行動を制限されるのを嫌う。
自分より強い者であればどんな無理な要求も全力を賭してこなそうとするだろう。
だがこの2人は違う。ただ今日初めて会い、初めて話した人間である。そんな人間に行動を制限されるのが雅人は嫌がった。
「昨日もそうだけど不意の喧嘩はどっちが悪いとか判断しにくい。とある人からの情報で『雅人は刺激さえしなければ安全だ』という情報が入ったのさ。端的に言えば、君を守るための監視ってことさ」
「…いるか?それ」
「あって困るものではないと思うよ。君が悪事をしてもそれを見ているだけで止めはしないよ。行動の制限もないし…どうかな」
「いてもいいが…あんまり意味はないと思うけどな」
「なら交渉成立ということで。これからよろしくたのむよ」




