第四話・契約
前回から状況は一変し、『蒼の天使』セルシオとの対話の話です。
気がつくと、俺はまた振り子時計以外何も無いあの空間にいた。
「戻ってきたようだね……」
何度か聞いた声が虚空に響く。
俺に助けられたという『蒼の天使』セルシオの声が。
「まるで俺が自分の意思でここに来たようなこと言い方だけど、セルシオ、お前の仕業じゃ無いのか?」
「そうだね、僕は恩人を無理矢理こんな退屈な空間に閉じ込めるような性格はしていないものでね。
ただ、その振り子時計は有難い。時計の音を聞いていると安心するんだよ。」
『蒼の天使』の姿は見えないものの、どこからか声がする。どんな姿か気になるが、そんなことは後回しにして会話を続ける。
「つまり、ここへ来たのは自分の意思ってことか…」
「他にも現在僕が分かることは、ここが君の記憶の空間であること。
ここへ来るってことは、相当君が追い詰められている状況にあるってことだ。どうやら僕の手助けが必要な位にね」
「セルシオ、お前の推測だと現実の俺は相当追い詰められているってことか?
確かエリシアと一緒に帰ろうとしていたと思うんだが」
「うーん、多分君はこの空間に入る前の記憶が若干飛ぶらしいな。確か前回は寝ていたから、記憶が飛んでも問題無かったようではあるが……」
前回は確かエリシアに起こされる前だった。確かに寝ている間の記憶なんて、無くなっても問題ないが…………
「ちょっと待て、前回俺がここに来たときは別に追い詰められてなんていなかったぞ。」
そう、エリシアに起こされる前、俺はクロノスの屋敷の部屋にいた。
エリシアも昨日反省していたようだし、俺を殺そうとはしないはず。追い詰められる要因なんて考えられない……
「さあ、それはどうかな。君が起きる前に、エリシアは君を殺そうとしていたんだよ?」
そのたった一言で全身が硬直した。
「今でも、彼女は君を疑う意思を捨てきれていないんじゃないかな」
信じていた
少なくとも、今は彼女から疑われていない自信があった。この『蒼の天使』から、まさかそんな事実を明かされるとは思ってもみなかった。
だが、次の瞬間そんなことはどうでもよくなった。
「ところで、そろそろここに来る前の記憶が戻ってきたんじゃないかな?」
「ああ、」
┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄
エリシアと村から帰る途中の出来事だった。湖の畔を歩いていたとき、ヤツは現れた。
「なんで……こんな時に……」
エリシアは震えていた。宙に浮かび、禍々しいオーラを放つその男に。
「何なんだ……あれは……」
紫の髪に赤い目を大きく見開き、瞳には光が無く、異常な程に白い肌を持つ痩せ細ったその男は、こちらを向いて不気味な笑みを浮かべている。
「『紫の天使』エクシオン…………」
エリシアは俺に向けた時よりも凄まじい殺気を放ち、そう言った。
「憎たらしいその禁忌!この神に忠実なこの私
『紫の天使』こと、エクシオン・イグノートの手で始末して神に捧げてみせましょう!」
次の瞬間、エリシアは俺の前に出て例の銃弾を乱射した。銃に入れた弾は一つのはずなのに、大量に乱射できるこれも、彼女の禁忌の能力なんだろう。
「一斉掃射タイプ1」
エリシアの呟きと共に、先程の乱射で出来た大量の弾痕から、銃弾がエクシオン目掛けて飛んでいく。完全に逃げ場が無い上に、全て弾くのは無理だろう。
「神に与えられしこの私の力の前には無駄ですよ!」
エクシオンは先程から放っていたオーラを膨張させる。するとそのオーラに触れた弾丸はことごとく消えてしまった。
「え……何なのあの能力は……無限の状態を付与した弾丸は破壊出来ないのに……」
「そんな穢らわしい術式なんぞ、全て書き消してやっただけですよ。ああ、視界に入るだけで穢らわしい!」
エクシオンのオーラが数十もの蛇のように伸びて、こちらへ向かってくる。
エリシアは回避出来ずに腕を、俺は足をオーラに触れられ消し飛ばされた。
続けて脇腹、太もも、肩等、急所への攻撃は避けるものの、身動きの取れない程のダメージを負う。
目の前で同じように倒れるエリシアを横目に、俺の意識は暗闇へと落ちた。
┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄
「『紫の天使』に殺される。その直前でここに戻ってきたと……」
目の前にいるのは金髪の少女でも、狂気を体現したような『紫の天使』でもない。
先程まで振り子時計のあった前には、白い髪に蒼の混じり毛、青い目の侍風の男が立っていた。
「『蒼の天使』セルシオ……」
「お互いの姿を見るのはこれが初めてかな?」
二人の間に沈黙が流れる。その沈黙をセルシオは破り確認した。
「本当に良かったんだな……」
「覚悟の上だ、エリシアも助けたいしな。」
俺、蒼夜は『蒼の天使』セルシオと契約を結んだ。
つづく
『紫の天使』の襲撃を受け、『蒼の天使』と契約を結びました。次回もまた状況が一変します。