私は黒猫を飼っていた。
猫の死の描写があります。
私は黒い猫を飼っていた。
名前はポチ。
家族は犬を飼いたがっていたが、私が猫を連れ帰ったので名前だけ犬っぽくした。
その猫は艶々の黒に、お腹に三角の白い模様があって、よくパンツを履いているみたいだねとお腹を撫でていた。
連れ帰った切っ掛けは、高校の先輩の家で三毛猫が子猫を産んだので貰って欲しいとのことだった。
五匹産まれた中で、一番鈍臭い猫がポチだった。
見た瞬間に私と過ごす猫だと確信した。
暑い夏の日に屋根に登って熱い瓦の上で、降りられなくてニャーニャー鳴いていた。
枯れ葉の多い庭で百日紅の木に登って、困った顔でニャーニャー鳴いていた。
雪が積もった庭に飛び出して寒さにびっくりして走り回っていた。
早朝にカラスに追いかけられて真剣な顔で側溝に飛び込んでいた。
塀に飛び乗ろうとして、勢い余って飛び越してブロック塀に漫画みたいな爪痕を残していた。
公園横の緑のフェンスをロッククライミングみたいに登っていた。
近所の山で遊んでいても私が呼ぶと必ず帰ってきていた。
でもポチは
猫エイズにかかった。
食道に穴があいてご飯が食べられなくなった。
15年生きた。
それからもポチは家の中にいた。
ふとした瞬間に、ああここにいるな。
廊下の暗闇で視界の端をふっと横切る影があった。
いつまでたってもポチの気配は消えなかった。
そして私は体調を崩した。
そんな私を心配して、家族が旅行をプレゼントしてくれた。
大好きな神社や温泉を堪能した。
その宿は広く、家族三人で泊まれるゆとりがあった。
ただ、薄暗く部屋の中にいると息苦しさを感じた。
何かがいる。
なんだかココに居たくない。
私は部屋から逃げるように、大浴場に入り浸った。
宿泊した部屋には馴染めなかったが、気分転換に誘ってくれた家族に感謝した。
だけど、この宿から早く離れたかった。
それから帰宅の途についたが、なぜか途中の神社には入れなかった。
大好きな神社の敷地に近づくことが嫌だったのだ。
私は、鳥居に近づくこともできなかった。
私のそばで、誰かが神社を拒否しているような感覚だった。
それから自室で何かがおかしかった。
テレビの画像が下から上にずれていく。
テレビの画面が砂嵐になっている。
室内灯が点滅する。
スタンドライトが消灯する。
誰も入っていないはずなのに部屋中に白いコピー用紙が撒き散らされている。
なぜか重いタンスの下にも入り込んでいた。
そしてある日、私は夢を見た。
自宅の隣の空き地に私が仰向けで寝ている。
私は空中でそれを見ている。
足元に髪の長い女性が座り込んでいる。
でも黒いモヤでよく見えない。
私の足を掴んでいる。
嫌な気持ちになるけど振り払えない。
私の足をズルズル引っ張るけど逆らえない。
助けて助けて嫌だ嫌だと思っても逆らえない。
私は黒いモヤに足元から引きずりこまれていた。
その時黒い艶々の塊がものすごい速さで突っ込んできた。
ポチだった。
鋭い動きで黒いモヤに爪を振るい牙をたて、ギャーミャー鳴きながら闘っていた。
完全にモヤを引き剥がしてから、艶々なポチは空中にいる私に向かってニャーンと鳴いた。
とても誇らしげだった。
そこで私は目が覚めた。
下半身がベットからずり落ちていた。
ゾッとした。
ポチが守ってくれたんだと妙に納得した。
それから私の部屋のテレビも電灯も正常に戻った。
何事もなかったように日常に戻った。
同時に家の中からポチの気配が消えた。
でも寂しくはなかった。
守ってくれるためにポチはしばらく家にいたんだと納得できた。
今は全く気配がしない。
きっと虹の橋の向こうで待ってくれていると信じている。
でも三年後。
近所でポチにそっくりな黒猫を見た。
びっくりしてじっと見たら、その猫も立ち止まってびっくりした顔で見ていた。
通勤で毎日その道を通るけど、いつもびっくりした顔で私を見ている。
きっと。
おっちょこちょいなポチは、間違って近所で生まれ変わっているんだと思う。
なんだか、その場所で幸せに暮らしているみたい。
以前と同じ緑色の首輪をして。
拙い文章ですが、飼い猫を思い出して書きました。