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デコピンで鉄球とか砕ける私だから

「まずは連れの無礼を謝らせてもらいたい」

 と片腕の男性は言った。


「――私はグラウスという。ローザスト王国の者だ。この2人は同僚で、先程失礼な物言いをした男は他国の旅人だ。縁あって同行しているのだが、ご覧の通り礼儀知らずな有様で申し訳なかった」


「英雄グラウス様ですか」

 私の隣から、すっとフリューネが前に出た。


「雷槌を呼ぶ者、お会いできて光栄ですな」

 大きな岩に背を預けていたリョウバが身を起こした。


 ――あっ。

 思い出した。魔王に連れられて大荒野を見に行った時、アルザードと戦ってた人だ。

 ライ○インを放つ恩寵を持っている、人族の勇者。

 私が最後に見たのはアルザードから撤退しているところだったけど、無事に帰れたんだ。そういえば後ろのお姉さんも、あのときパーティにいた人だ。


 片腕がなくなってたり、傷跡が増えてるのはあの退却時の犠牲なんだろうか。

 でも生きていてよかった。

 

「名を存じて頂けているとは有り難い。失礼ながら高貴な身分の方とお見受けしますが?」

 もちろん私じゃなく、フリューネに向かっての言葉です。


「ラーナルト王国のセルザス侯爵家が次女、ミモルトと申します」

 とフリューネは言った。

 これは彼女の偽装身分である。


「グラウス様、ここへいらしたのは、先程の――その、人を訪ねて?」

 鉄腕女と鉄面男。

 ええ、わかってますよ、私とカゲヤのことだよね畜生!

 あ、フリューネなんか笑いをこらえてない!?


「重ね重ね申し訳ございません……」

 グラウスは目を伏せた。

 貴族相手とわかり、言葉遣いがちょっと丁寧になっていた。

「私どもはコルイ共和国の前線基地を訪ねた帰りなのです」

「まあ、それでは戦争に?」

「いえ、私自身は参戦致しません。が、近々とある討伐目標を定めた出陣があると聞きまして」

「死門の黒獣ですね」

「ご存知でしたか。ええ、実は私は以前に黒獣と戦った経験がありまして、その知見をコルイへ共有しておきたく、向かった次第です」


 あれ? でもそれって。


「随分と、親切ですのね」

 そう、アルザードとこのおじさんが戦った情報を、コルイ共和国が掠め取ったという話だったのに。

 フリューネの含みをもたせた言葉に、グラウスというおじさんも苦笑した。

「それほどたいした情報ではありませんでしたから。どうせ一部が流れたのなら、正式に共有して貸しにした方が良いでしょう」

「なるほど、コルイとしても貴方の訪問を断る方便は作りづらいでしょうしね」

 フリューネも貴族然とした笑みを浮かべた。


「おい、いつまでくだらんことを話してるんだ」

 女性の拘束を振りほどいて、さっきの男がまた割り込んできた。


「――そういえば、ご用向を聞いておりませんでしたね」

 フリューネはあくまでグラウスに向けて話しかけた。

「ええ、私たちはその洞窟にフシュガルが巣食っていると近くの村で聞きまして。国境門も遠くありませんし、状況を確認しておこうと。それから、先にご同業らしき方もここへ向かったかもしれないということで、その方々の風貌が――」


 そしてグラウスも、私とカゲヤを見た。


「コルイの基地で噂になっていた、大暴れしたという2人組の傭兵と似ていまして。それで、この男、スタンというのですが……」


「スタンザフォード、スタンだ! 鉄腕女と鉄面男、どうやらお前らだな?」


 だからその名でこっち見ないで。


 スタンと名乗った男性は、背中に背負っている長剣を鞘ごと外し、腰に差していた木刀を引き抜いた。


「俺様と勝負しろ!」


 ――えーと?


「誰か、友達か親類でも殴っちゃいました? 私」

 あの基地では何十人もぶっ飛ばしたからなあ。

「ああ? んなもん知るか、勘違いするな。俺様はただお前らに勝負を挑んでいるだけだ。さっさと用意しやがれ」

「ええと、なんで?」

「やたら強いと聞いたからな」

 ふふん、となぜか自慢げな笑みを浮かべるスタン。


 ――ああ、そういう感じのキャラか。

 俺より強い奴に会いたくて震える系統の人か。


「だが、鉄腕女のほうは期待はずれだな」

「ちょっと、その呼び名やめて」

「おい鉄面男、お前だ。俺様と試合しやがれ」

 スタンは木刀の切っ先をカゲヤに向けて言い放った。


「お望みとあらば」

 あれ? カゲヤったら好戦的?

 ――いや、たぶん私への態度に怒ってるな、これ。


 でもまあ、私としても、

「期待はずれってのは聞き捨てならないかな」

 私はともかく、魔改造されたこの身体を舐めないでもらいたい。


「カゲヤと戦いたければ、まず私を倒してからだよ」

 

 ……なんだか噛ませ犬的な立ち位置に自ら向かっている気がしないでもないけれど。



「なるほど、最奥まで進まれたのですか」

「ええ、かなりの数がいましたが、どうにか全滅できました」

「それは凄まじい。いや、助かりました。他国とはいえ国境手前に厄介な獣が大量発生しては治安維持に支障が出かねないと危惧しておりましたので」

「お役に立てたなら何よりです」


 グラウスとリョウバは、なんだか親しげに会話をしていた。


「しかし討伐依頼が出ていたわけでもなし、なぜわざわざ?」

「ああ、それは私が指示しましたので」

 フリューネも会話に混ざる。

「理由を伺っても?」

「私はこうして他国へ訪れ、傭兵を集めているのです。ご承知かもしれませんがラーナルトは大荒野に接する3国に比べて他国の戦力が流れづらいので。しかし白嶺への防備もありますし、私兵という形ですが気に入った戦士を持ち帰るのですよ。今回も彼らを雇うことができたのですが、どうせなら帰国前に実戦を見たいと思っていたところ、この場所を聞きまして」

「そうでしたか、しかし侯爵令嬢が直々に?」

「ええ、実を申せば趣味なのですよ。強力な手駒を集めてまわるのが」

 悪戯っぽく笑うフリューネに、

「なるほど」

 とグラウスも笑う。


 なんだか和やかな雰囲気である。

 フリューネがさっきから嘘を連発していることを除けば。


 そして彼らと少し離れたところで、


「おう、準備できたか」

「うん、いいよ」


 私はスタンと向き合っていた。


「がんばってくださいねー」

 梨に似た果物を齧りながらエクスナが間延びした声援を送る。


「ご武運を」

 カゲヤはいたって生真面目である。


 なんとなくみんな思い思いのテンションなのは、戦争ではなくあくまで試合だから、ということなのだろう。

 何百年も戦時中という世界じゃ、命をかけない試合は日常の1コマでしかないらしい。私がまず試合すると言ったとき、カゲヤたちも止めようとしなかったし。


「ほらよ」

 スタンは手にしていた木刀をこちらへ投げ渡してきた。

「え? 私、剣とか使えないんだけど……」

「阿呆か。確認しろって言ってんだ」

 

 言ってねえし。

 ……ていうかその口の悪さどうにかならないかな。さっきからカゲヤの機嫌が悪化の一途なんですけど。

 他にも表に出してないだけで、モカやリョウバもうっすらとスタンに怒気を向けているし。それを察しているらしいグラウスさんはため息をつき、連れの2人はスタンを見て何か小声で話していた。


 とりあえず木刀をなんとなく眺めてみる。

「え、軽っ」

 私の腕力は置いておくとしても、なんだかこの木刀、軽すぎない?

 しかもなんか、しなやかに曲がるし。

 硬いゴムみたいな感触である。


「テラムの樹から俺様が削り上げた一品だ。思い切り振ってもそうそう大怪我はせん。どうだ安心したか」

「いや、まあ……。でもこれだと私の拳の方が痛いと思うんだけど?」

「ふん、当たるかそんなもん。ほら納得したら返しやがれ」

「はーい」

 気持ち強めに投げ返したけど、あっさりキャッチされた。


 さて。

 あらためてスタンという男性を観察してみる。


 背はリョウバほど高くない。

 暗めの茶色い髪に、明るい茶の瞳。

 気が強そうな顔立ち。

 首の筋肉やゴツゴツした手を見る限り、かなり鍛えてそう。それこそコルイの基地にいた傭兵たちより訓練してそうな感じだ。

 青をベースにした衣服に、銅みたいな色と質感の軽鎧を着けている。私が装着しているのと同じぐらい、要所だけガードするタイプだ。


 全体的に、見た目は、強そう。


 でも。

 なのに。

 レベル5以下。

 

 ていうか、へたしたらレベル1。


 よし、力加減に全力を注ごう。

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