回想とはいえお久しぶりの
魔王様は、自室のソファにぐったりともたれかかっていた。
「久々に、心底くたびれたぞ……」
私が魔王城から出発する、ちょっと前のことである。
「イオリ貴様、最後のゴールデンスライムやダイヤスライムは明らかに思いつきだっただろう」
「いやまあそうなんですけど、色々頭の中でシミュレートしてたらそういうのも必要だなって。魔王様だって苦労してダンジョンのボスを倒しても宝箱が空っぽだったらどう思います?」
「理屈をわかってしまうようになった己を呪うぞ……」
魔王のスキル【魔獣生成】で各種ダンジョンコアとなるモンスターを作ってもらい、ついでに財宝増殖用のスライムたちもお願いした直後である。
ロゼルたちに作ってもらったモンス○ーボールのパクリ的なアイテムは、魔王が魔獣を誕生させるその瞬間に使わなければいけないため、まず性能確認用に1体目を普通に生み出し、その後に人族へ持っていくための保管用を生成し、すかさずボールを使うという2度手間が必要だった。
「貯蔵していた死骸や素材の6割が消費されました」
バランが結果を報告する。
「最初は失敗続きでしたからねー」
「待てイオリ、さすがの我もあんな細かい注文のついた魔獣を簡単に生成できると思うなよ。――というか本当にさっきので最後なのだろうな? これ以上追加されてはたまらんぞ」
「はい大丈夫です。――たぶん」
「おい」
「ちなみに魔王様、経験値はどのぐらい持っていかれました?」
「それを知ってどうする気だ」
「そう身構えないでくださいよ。収支報告は大事でしょう。ねえバラン?」
「仰る通りですね」
バランは苦笑した。
魔王様は軽くこちらを睨んでから口を開いた。
「1%は使ったな」
「それだけ!?」
スキルポイントがある世界じゃないんだし、体調次第でレベルの5~6%ぐらいは増減するんだから1%なんて誤差じゃないの。
「言っておくが我の総量から言えば1%で師団程度は賄えるのだぞ」
「そりゃそうなんでしょうけど……、でも、そっか、今回のが20セットだったから……」
魔王様に作ってもらったダンジョンコアや財宝リスポーン用の魔獣は、合わせて20セット。ダンジョン20個を作れる数である。もちろん画一的じゃ面白くないから、それぞれ魔獣のタイプや植生や報酬などを変えている。……それが魔王を疲れさせた大きな要因だけど、そこは譲れないポイントなのだ。がんばって説得したよ私。
「つまりダンジョンを2,000個作れば魔王様は最大限まで弱体化するわけですね」
「その前に過労死するわ」
言ってから、魔王は面白そうに笑った。
「この我に滅亡を予感させるとはな……、さすがイオリだ」
「変な感動しないでください」
「2,000のダンジョンを孕む世界を心配して頂きたいものですが……」
バランが困ったようにため息をついた。
その数日後。
私達はロゼル班の研究室に顔を出していた。
部屋の一角にある大きな机に、魔王様とバランと私、それにロゼルとサーシャとモカが向かい合っている。
他のロゼル班メンバーは魔王が室内に顔を出すと慌ててその場に跪いたのだが、「構わず仕事を進めよ」という言葉で、今はこちらを気にしながらも各自の作業を続けていた。
以前、私が改造手術を受けたときよりも人数が増えているのは、魔王様からの無茶振りが色々来ているせいで急遽増員したとのことだった。
なおモカから聞くところによると、ロゼル班への辞令を受けたある者はその場で卒倒し、ある者は上司に食ってかかり、ある者は「お願いだから見逃して!」とモカに泣きついたということだった。
「全部できましたよ魔王様! おかげさまで4徹目ですが私は元気ですお構いなく!」
ロゼルが机に並べた各種アイテムを示してハイテンションに叫ぶ。
色々と厄介かつ前代未聞な注文のアイテム製作をお願いしまくった結果、なんかもうヤケになっているようだった。
まず机に置かれているのは、魔王が魔獣を生み出した瞬間に封印・保管を可能にするするモンス○ーボール的な銀色の球。これは既に実用化済み。
他に並んでいるのは――
指定した魔獣とその眷属のみを通さない結界生成の御札。
極限まで乾燥させつつ、水だけで根付く各種の草木や苔。
ロボットに関する私のつたない知識だけをもとに作り上げちゃった機械型魔獣。
2個で1セットの水晶球は片方が砕けるともう片方もどれだけ離れていようと砕け散るという緊急時の通信手段として。
ついでに私専用の装備各種も。とある秘密兵器なんかもおまけで。
――などなど。
「……指示しておいてなんだが、この短期間で完成させるとはな……」
ひとつひとつの説明を聞き終わったあとで、魔王は若干呆れたような声をあげた。
「はっはっは、どうです! これでそろそろ転送装置を壊した罪は免じてみてはどうですか魔王様! ていうかいい加減勘弁して兄ちゃん!」
高笑いしながらテーブルに両手をついて頭を下げるロゼル。
「バラン?」
魔王が隣にいるバランに声をかける。
「――製作中に幾度か様子を見に来ましたが、非常に楽しそうにしておりました」
「やはりこの手の負荷は罰にならんか……」
「いやなってますって! 実際キツイんですって! そりゃ楽しくはありますけど楽しんでないと倒れそうになるから強引に笑ってるんですよ! ねえイオリ私がんばったよ! そろそろご褒美に2回目の手術とかさせてよ!」
「貴様の感情を理解しようとするのは徒労だな……」
魔王はうんざりしたように腕を組んだ。
「まあ、これだけの成果だ。それなりに認めなければならんな」
「さすが魔王様! そうですよね!」
「うむ。製作した貴様もよくわかっていると思うが、これらは非常に斬新かつ有益な道具類だ。相当の価値がある」
「もちろん!」
「つまり、これらが人族の手に渡ってしまえば、厄介なことになりかねん。しかしイオリたちはこれら全てを持ってあちらの領土へ潜入することになる……」
魔王の口調に不穏な気配が混ざるのを感じたのか、
「ベッドが私を呼んでいるッ」
脱兎のごとく駆け出したロゼルを、
「幻聴です」
ガシッとサーシャが捕縛する。
「は、離してサーシャ! この流れは絶対にヤバい!」
魔王はそれらをスルーしつつ話を続ける。
「よって、これらの道具を敵が使った場合を想定し、対策となる道具や手段を考案するように。もちろん旅路に携帯することを念頭においてな。期限はイオリたちが出発する3日前だ」
「のおおおぉぉぉっ!」
アメリカ人のような叫びを上げるロゼル。
その隣で死んだような目になるモカと、聞き耳を立てていた周囲のロゼル班メンバー。
私は、あとでバランにお願いして差し入れすることを心に誓った。
――というわけで、このダンジョン製作キットにはロゼル班の汗と涙が詰まっているのである。
残り18セット。