ダンジョン製作(一部に最新技術が導入されております)
分岐路まで戻り、今度は一番奥まで繋がるルートへ進行した。
そこから先にも枝分かれする箇所がいくつかあったが、そう何枚もメダルを置いても有り難みがなくなりそうなので、少なめの金貨だけ置くことにした。
しかし、こうやってアイテムを配置していると切に思う。
もしもレベルが高くて、私のようにくまなく探索しないと気がすまないタイプの人が最初にこのダンジョンに入ったら、根こそぎ持っていかれてしまうなあと。
そして後には空の宝箱――はないんだけど、収穫のないダンジョンに潜ってがっかりするだけの人たちが続出してしまうと!
そう、だからこそ私はこれを生み出す――ように魔王にお願いしたのだ。
「モカ、ゴールデンスライム出そっか」
「はい」
モカは片手に下げていた頑丈なケースから、ガラス製の丸っこい容器を取り出した。
てのひらにすっぽり収まりそうな容器は、空気を通すコルクみたいな蓋がついている。そしてその中でプルプル震えているのは。
【ゴールデンスライム】
魔王が生み出した魔獣。
周囲の岩を食べ、黄金を吐き出す特性を持つ。吐き出す量は自分の体重に比例するが、てのひらサイズの場合1日に1グラム程度。
ひどく臆病で、他の生物が近づいてくると食べた岩と同じ色に変化し、隠れてしまう。
――これで誰かが宝を漁り尽くしても、時間が経てば復活するというわけだ!
なお類型として、ダイヤスライムとかオイルスライムとかがいます。オイルは石油のことね。
なおこの手の『希少な物質を生み出す、自身が希少な素材、特定の物質を集める習癖がある』みたいな便利モンスターは、魔王が魔獣生成スキルで生み出すときにかなりの経験値を必要とするらしい。
そりゃまあ、手軽にぽんぽん出せたら魔王軍がますます強化されちゃうしね。
神様もバランスに配慮したのだろう。
当の魔王様がチートレベルで強いという大問題があるのだが。
「元気でねー」
エクスナがガラス容器を傾けると、ぽてっとゴールデンスライムは地面に落ちた。
そして私達の存在が気になるのか、慌てて岩の陰に隠れてしまった。
上から覗き見ると、一生懸命に岩を食べ、少しずつ色を変えていっている。
……なにこれかわいい。
「私達の旅にも、ペットとか欲しいですよね」
同じ感想を抱いたのか、エクスナもそんなことを言う。
「あの黄金狼はそうなるかもと思ったんだけどね」
「ああ、私は見てませんが、かわいかったですか?」
「……凛々しかった」
ゴールデンスライムに涙の別れを告げ、さらに奥へ。
「ほんとに広いですね」
少し息の上がっているエクスナである。
「もうちょっとで終点だから」
「トラップかガーディアンは設置しますか?」
モカが尋ねる。
「うーん、今回はいいかな。毒地形と魔獣だけのシンプルな天然ダンジョン系にしようと思う」
「は、はあ……」
おっと、あまり伝わらなかったかな?
「えーと、こういった自然にできた洞窟にあんまり細工しちゃうと誰の仕業かってほうが気になっちゃいそうだから、人為的な場所だって疑われない程度に抑えとこうかなって」
「なるほど」
今度は理解してくれたみたい。
しかし、これは課題でもあるんだよなあ。
ゲームに対するリテラシーの差である。
それこそさっき置いた小さなメダルだって、私なら「これは何かに使うかも」ととりあえず保管するが、この世界の人は「なんだガラクタか……」と捨ててしまう可能性があるのだ。
それを防ぐために金貨を一緒に置いたり、メダル自体の意匠もかなり精巧に彫り上げているのだけれど。
こうしたギャップを意識してないと、誰にも見向きされないダンジョンに仕上がってしまう恐れがある。
そんなことを考えつつ、終点へ。
洞窟の最終地点は、ぽっかりと開けたホールになっていた。
天井の一角から細く水が流れ落ち、小さな池ができている。午前中にシュラノが調べたところ、上質な清流とのことだった。
「モカ、光苔と一緒に、『薬草』も植えておこうか」
「わかりました」
薬草とは、その葉を噛じれば痛みが和らいだり、蜜を飲めば疲労感が薄れたりする植物の種子をいくつかセットにしたものである。
……薬というより麻薬に近い気もする。
けれどその中には、きれいな花を咲かせる種類がいくつか混ざっているのだ。
これを水辺に植えておけば、飲み水だと判断する材料になってくれるかもしれない。
さて、ここからが本番だ。
「それじゃ、ダンジョンコアを置きますか」
私が言うと、モカが背中のリュックを下ろした。
「洞窟内には食材となるものがありませんでしたから、機械系か霊体系かと思いますが――」モカは少し考え、「自然形成を装うならば、霊体系でしょうか?」
「うん、それでいこう!」
それでは、とモカはリュックを漁る。
取り出したのは、銀色のボールである。
表面に複雑な模様が刻まれた、野球ボールよりひと回り大きいぐらいのサイズで、上下を割るようにスリットがついており、留め金として丸いボタンもある。
はい、もちろん超有名なアレをパクりましたが何か?
紅白に色分けしなかっただけ良心的だと思って欲しい。
モカがボタンを押すと、ボールはぱかりと割れ、なかからスーッと白い煙のようなものが流れ出てきた。
それは空中で集まり、形を変え、やがて人間の上半身だけのような形状になった。
頭部の位置に、2つの赤い輝きが灯る。
ダンジョンコア、もしくはダンジョンマスターと言われる存在の霊体タイプ、『ゴーストブリーダー』である。
モカは続いて、リュックから紫色に光る石を取り出した。
こちらはいわゆる『魔石』になります。
モカが魔石を広場の一番奥に安置すると、ゴーストブリーダーはゆらゆらとそれに近づき、自分の中にすっぽりと納めてしまった。
目を凝らしてスキャンモードになると、魔石に込められた魔力が徐々にゴーストブリーダーの身体へと染みていくのがわかる。
「完了です」
とモカは言った。
これで放っておけば、配下となる霊体系の魔獣を一定間隔で生み出し続けてくれるはずである。
事前のテストでは、3日に1体を作るペースでも魔石は1年ほど保つという計算だった。このゴーストブリーダーがレベルを上げて、より強い魔獣を生むようになっても半年は魔石の魔力は尽きないだろう。
「じゃあ最後に、結界への登録ですね」
エクスナが御札のような紙片を、ゴーストブリーダーにちょんと触れされる。すると白い紙片が赤く染まった。
ゆらゆらと宙に浮きながら魔石を吸収しているゴーストブリーダーに「頑張ってね」とエールを送り、私達は帰路についた。
「――限界です」
途中でバテたエクスナを小脇に抱えながら。
そして夕陽の差し込む入口にたどり着いたところで、先ほど染めた紙片を地面に置いた。
そこへさっきのよりずっと小さい、しかし魔力は相当に込められた赤い魔石を重ねる。
一瞬、あたりに光が立ち込め、また元の景色に戻った。
再びスキャンモードになると、入口にバリアのような魔力の薄い壁ができているのが見えた。
これでさっきのゴーストブリーダーと、あの子が生み出す魔獣はここから出られないはずである。
「よっし、これで全部完了!」
――以上がダンジョン製作の流れになります。
うまく出来上がるといいんだけど。