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帰還と時差

 転移した先は、最初とは別の小部屋だった。左右の壁に絵や彫刻が飾られ、正面には大きな階段がある。


 その階段の先には、豪華かつ頑丈そうな両扉。

 しかし魔王はそちらへは向かわず、壁の彫刻へと近づいていく。

 何をモチーフにしたのかよくわからない、幾何学的なオブジェであるそれを前に、魔王は迷いのない指先で数箇所に触れた。

 すると大階段の少し手前に、また別の魔法陣が浮かび上がった。


 再びそこへ乗り、転送されたのは今度こそ最初に私が目覚めたあの部屋だった。


 ここから魔王の部屋には直通だけど、逆の場合はあのオブジェを経由する必要がある、ということなのかな。


 遅れて、私達とは別の場所に魔法陣が浮かび、緑髪の男もやって来た。両手に綺麗な布の包みを持っている。


「給料、です」


 差し出された布包みは、なんだかずしりと重い。

 おそるおそる布をめくると、さっきみた金の延べ棒が、木箱にずらりと並んでいた。横に5本、そして箱の深さから、上げ底でなければ縦に3~4段ぐらいか。


 いやこれ、幾らになるのよ。


 おっかないのでこれ全部は持って帰りたくないが、しかし男ふたりはとっとと私から離れ、装置の周囲で忙しそうに動いている。


 ……まあ、一本だけ換金してあとは隠しておくとかなら、大丈夫、か?

 実は地球における反物質的な素材だったりしたら、私は世界を滅ぼしてしまうわけだが。

 でもあの魔王はゲームショップで平然としてたし、さっき聞いた話からしても、お互いの世界の環境はそこまで違わない、と思う。思いたい。


 ぼうっと突っ立ったままそんなことを考えている私を、緑髪の男が「あれに、いてください」と壁の一角にある例の布団付きカプセルを指し示した。


 改めてそれを眺める。

 中央の装置とはまた別の、パイプやらが繋がっているそれは、ゲームや映画でおなじみのコールドスリープ装置を壁に立てかけたような代物にも見えた。

 

 言われるがままにそこへ身を預ける。

 金の延べ棒が詰まった木箱はどうしようかと思ったが、カプセルの隣に小さなテーブルがあったので、そこに置くことにした。

 ほどなく、装置から離れて魔王がやって来た。


 ここで目覚めたときと同様に、魔王を見上げる格好だ。


 その魔王が右手をかざした。


 少し悩む素振りを見せた後、

「ありがとう」

 と魔王は言う。

 

 次はさようならとかお疲れ様でした、とかも教えたほうがいいかな、いや感謝する、とかご苦労だった、みたいな感じのほうが合うか。


 などと考える私の意識が、すうっと、魔王のかざす右手に引き寄せられるように遠のいていった。


 また、あの光の渦が見えた。



 目が覚める。


 眠りから覚めたのとはちょっと感じが違う、潜っていた海から水面に顔を出したような感じのほうが近いだろうか。


 で、どこだここは。


 記憶は繋がっている。

 さっきまでの装置があった部屋でもないし、ゲームショップ手前の路上でもない。

 がらんとしたビルの中みたいだ。


 窓からはオレンジ色の太陽が入り込み、部屋中を染めている。一晩をあの部屋で過ごしたわけだから、朝焼けなのだろう。


「……痛み、あるですか」


 心配そうにこちらを眺めているのは、サラリーマン姿になった魔王である。

 もう、こっちの姿に違和感を覚えるようになっている。


「大丈夫、……痛くないです」


 大丈夫は教えてなかったかな、と気づいて言い直した。


 自分の手を見る。

 いつもの、人間の私の手だった。


 魔王が私に、あの布包みと、ネックレスを差し出した。

 ネックレスは、次に私が向こうの世界へ行く準備ができたときの、合図に使うものだという。

 布包みは、心配なので床に置いてもらった。

 試しに1本だけ手に取ると、予想以上にずっしりしている。

 さっきまでの身体では軽く包みごと持てたので、かなり力持ちでもあるようだった。


 私がネックレスを首につけると、魔王は何かを言いかけ、しかし言葉が見つからないようで悩み始めた。


「あの、わかってますので、ここで待っていてください」


 ジェスチャー混じりに説明し、私は魔王を残して建物を出た。


 外から眺めると、ビルというか二階建ての事務所みたいな建物である。

 小さな敷地は壁に囲われ、門も壊れずに残っているが、明らかに廃屋だ。

 タバコや瓶などのゴミも見当たらないし、誰かのたまり場にはなっていないようなので安心する。


 敷地から外の通りに出ると、道の先に見慣れた風景があった。

 ゲームショップ沿いの通りから、横道に入った先がこの場所であるらしい。


 ――とりあえず、頼まれたものを買って、とっとと戻ってこよう。

 そう、昨晩からの質疑応答が進み、世界についての情報だけでなくあちらの事情もいくらか聞かされた私は、さらに地球へ戻ってからの頼み事を引き受けていたのであった。


 歩き始めた私は、すぐに違和感に気づいた。

 

 人、多すぎない?

 

 みんな、なんとなく疲れながらも満たされた感じの表情してない?


 もしかしてこの低い角度から目に刺さってくるのは、朝陽じゃなくて、夕陽?


 カバンからスマホを取り出して、時刻を見る。

 そこに表示されていたのは、体感で昨日、学校を出てバイト先の手前で魔王に会った時間帯から、一時間も経っていない日付と時刻だった。

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