最後のひと暴れ
お姉さんに聞いた『成長性:A』と思われる同年代ぐらいの男の子は、練兵場で槍の素振りをしていた。
他にも大勢の傭兵が動き回っているなかで、たしかに彼はいい動きをしている。レベルはまだ10ぐらいだけど、近くにいるレベル30ぐらいの傭兵と遜色なかった。
「カゲヤ?」
「はい」
同じ槍使いから見てどうかな? という質問だったのだけど、カゲヤはすべて承知とばかりに、男の子へ近づいていった。
すっ、と隣に立ち、槍を構える。
男の子が、ちらりと横目でカゲヤを眺め、
ドンッ
と、大地を踏み鳴らして空気に風穴を空けるようなカゲヤの突きが披露された。
その一撃の見事さに、呆然とする男の子。
カゲヤは構えを解き、彼に向けて何か話している。
他の傭兵の掛け声や武器を打ち鳴らす音がうるさいので内容は聞こえてこない。集中すれば聞き取れるだろうけど、まあ男性同士の話に聞き耳立てるのもね。
やがて男の子の目は驚愕から憧れへと変わっていき、最後にカゲヤが手渡した例の地図を両手で受け取った。
「――お待たせしました」
戻ってきたカゲヤは、いつもと変わらない無表情だ。
「すごいねカゲヤ、暴力沙汰を起こさず目的達成するなんて」
私にはできなかった芸当である。
……いや、ここへ来た当初は鉄拳なしでの説得を何度か試したけど、もれなく失敗に終わったのだ。
「見様見真似です」
とカゲヤは謙遜する。
「私もああいうふうにすればよかったのかな」
「……私の場合、ある程度鍛錬した身体を持っておりますので説得力があるのかと。しかし失礼ながらイオリ様はそうした外見ではございません。である以上、素振りだけではどうしても偏見が混ざってしまうと思われます」
「そっか。……おまけに女だしね」
「女性の傭兵は珍しくもありませんが……、やはり男特有の矜持が邪魔をするかと」
「にしてもカゲヤ、ああやって男の子のツボを突けるんだね。カゲヤも同じぐらいの歳のとき、誰か憧れる人とかいたの?」
「尊敬する方でしたら、サーシャ様が」
「ああ、なるほど……」
綺麗で強くて仕事もできるって、男の人がちょっと引いちゃいそうだけど、一方で熱烈なファンもできそう。カゲヤは後者だったんだね。
本当はこの場でまた揉め事が起きるはずだったので、最後の目的地にはダッシュで向かう予定だったんだけど、カゲヤのおかげでのんびり歩きながら行けるようになった。
「しっかし、ここにもカゲヤを連れてきちゃったし、普段から頼み過ぎだよねえ……」
軍事基地だけあって、入口には魔族を見分ける『審門』が設置されていた。よってパーティーメンバーの条件は人族であることが絶対条件。
エクスナは見た目が傭兵っぽくないし、体力試験とかあったら落ちそうなので本人が辞退した。残る人族で傭兵の真似ができそうなのはアルテナしかいないけど、そう何度もフリューネと離れさせるのも悪いし、カゲヤひとりに対して女ふたりだと無駄に因縁つけられる回数も増えそうだったので、結局ふたりだけになっていた。
「これ終わったらなんかお礼したいんだけど、欲しいものとかあるかな」
「……そのような」
「お、ちょっと間が空いたね! なんかあるんでしょ?」
カゲヤは表情を隠すように別の方を向いてしまった。
「自分で満足できる働きをした暁には……」
「わかった、そのときにね」
そうやって話しながら酒場に近づいていくと、中から威勢のいい笑い声や話し声が外の通りを歩いているこちらまで届き始めた。
「――――――あの怪力女は――――」
気になるワードが耳に入ったので、一気に聴力アップ。
最近この手の自己バフが得意になりつつあります。
男性同士の会話に聞き耳はどうかって? 知るか!
「――今日はどこ行ってんだ?」
「第二練兵場の方に歩いてんの見たぞ」
「またガキ殴りにか?」
「決まってんだろ。ありゃ暴力でしかイケねえ女だ」
「見てくれは極上モノなんだがなあ。1度普通の試してみりゃいいのによ、俺が更生させてやるっつうの」
「馬ァ鹿、あんな鉄腕女の相手してみろ――ちぎり取られるぞ」
ギャハハハハ、と品のない笑い声が上がる。
……ほほう?
私は足音を立てず、気配を殺し――いきなり酒場のドアをばぁんと開いた。
「――っ!?」
こちらに目をやった瞬間、全速で顔をそむける男ども。
……オーケー、私は冷静だ、そう、こいつら全員たいしたレベルじゃないし成長期って感じでもないし今ここで全滅しても軍の戦力にあんまり影響ないってことぐらいわかってる大丈夫。
にこっ、と彼らに微笑む。
「あとは、『若手を妬む雌傭兵』だっけ? ――他に広めた噂があったら死ぬ前に吐け」
カウンターにいた店主が、まず店を放り出して逃げた。
10分後。
「舌の根も乾かぬうちに貴様はぁっ!!」
激怒した隊長によって、私とカゲヤは基地の外へと放り出された。
「ひどい! 向こうが悪口言ったんだよっ」
「やかましい! 手を出しのは貴様が先だろうが! というか一方的に殴り回してなにを被害者顔しとる!」
「手加減してなお一方的な展開になる力量差がそこにあったわけで……」
「わかってるなら相手にするな!」
まったく、と隊長はガシガシ頭を掻いた。
「イオリ、貴様は傭兵に向いとらん。雇用主の指示を軽々と無視できるうえ、己の欲求に忠実すぎる。悪いことはいわん、そうだな、厄介な獣を専門にした狩人にでもなるといい。ギルドはあるが上下関係は軍より遥かに緩く、ひとりで自由に動けて、成果報酬で、民衆を笑顔にできる。貴様はそういった職業が向いとると思うぞ、うん」
――ああもう、基本的に面倒見がいい人なんだよなあ。
これだけ毎回全力で怒ってくれるのは、それだけ人情味があるとも言える。
……今回は結果的に、迷惑しかかけてないわけだし。
「隊長、これあげる」
「なんだ?」
手渡したのは、回復薬である。
ロゼルではなく、モカたちが作った安全なやつ。それでも十分強力な効き目があるという。
「死にそうになったら飲んで」
「縁起でもないことを言うな!」
また怒りながらも、隊長はそれを受け取ってくれた。
「次会うときは役に立てることを祈ってるよ」
「祈らんでいい! 反省をしろ! ――まったく、何がやりたかったんだ貴様は……」
ぶつぶつ言いながら基地に戻ろうとする隊長に、私は最後の敬礼をしてから笑った。
「そりゃもちろん、魔王討伐だよ」