バイオレンスな準備期間
将来有望そうな若者には、
「悔しかったら鍛えて出直してね」
的なノリで軽い一撃からの挑発。そして例の地図を進呈。
現時点で強いヒトには
「私の戦果が減るからごめんね」
みたいな感じで重たい一撃、半年療養コース。少なくともこの戦争には参加できない。
「お、姉ちゃんすげぇ上玉だな! 幾らだ? ――ぐはぁっ」
バカは一蹴。二度と来るな。
そんな感じに基地内をうろついて数日。
だいぶ顔も知れ渡ってしまったようで、こっちに気づくと顔を伏せたり背けたり――こら、さすがに逃げられるのはショックだぞ!
てなふうに過ごしていた。
今も東の国から流れてきたという双剣使いの凄腕傭兵さんに「地元に帰って若者を導きたまえー」と右回し蹴りで肋骨を何本か折っていると、
「また貴様かぁっ!」
遠くから怒声を上げてひとりのおじさんが走ってきた。
「あ、隊長、よく会うね」
「誰のせいだ!」
息を切らして駆け寄ってきたのは、私が配属された部隊の隊長さんである。コルイ共和国の直轄兵士であるおじさんは髪にやや白いものが混じりつつあって、あちこちに古傷も負っている。歴戦の兵士って感じ。
「これで何度目だっ!? 貴様が傭兵を使えなくしたのは!」
「まだ両手におさまるかな?」
「とっくに手足を足しても収まらんわっ!」
「わぁ、みんな乱暴なんだから」
「き・さ・ま・が、喧嘩を売っているのだろうが!!」
青筋立てて怒る隊長。
「いいか、貴様ら2名が異常に高い戦力だということを踏まえた上で命令するぞ! 今後1度でも他の傭兵と揉め事を起こしたら即刻契約破棄だ! わかったな!」
「了解、隊長」
「その軽い口が嘘つきでないことを祈るぞ……!」
眉間を揉みほぐしてため息をつきながら、隊長は去っていった。
「ふう、ちょっと休憩しようか」
「はい」
カゲヤを連れ、酒場へと向かう。
その途中、周囲に比べるとずいぶん綺麗な建物があった。壁に穴が空いたりしていないし、窓にはガラスがはめてあるし、入口には色気豊富なお姉さんが何人か姿を見せているし。
「あ、イオリちゃんだー」
そのうちひとりがこちらに目を向けた。胸元の空いた派手なドレス姿で、首や耳にアクセサリーをいくつもつけている。
「こんにちはー」
軽く手を上げて挨拶する。
ここは、いわゆる娼館だ。
「昨日教えてもらった人、会ってきたよ」
「どうだった?」
「うん、確かに強くなりそうだった」
「でしょ? あの身体はなかなかのモノだと思ったのよー。で、どうなったの?」
「帰っちゃった」
「そっかー。安心したけど、残念だなー。もう一晩ぐらい寄ってほしかったんだけど」
「強くなったらまた来るって」
「それ、イオリちゃんに会いにでしょう?」
口を尖らせるお姉さん。
こうした軍事基地で働く娼婦のお姉さんたちは、当然ながら軍人や傭兵が主なお客さんである。なかには、一晩……その……まあアレやコレやすれば肉体の強さとか素質とかがわかるなんていうプロもいる。
このお姉さんもそうしたプロのひとりで、私は何人かの将来有望な子を教えてもらっていた。
ちなみにさっき絡んだ少年3人組は酒場でクダを巻いてる傭兵から聞いた噂で見つけた。あのピュアな子たちはまだこうした場所には足を運んでいない……はず。
「ところでイオリちゃん、随分有名になってるよ」
「あー、だいぶ暴れたからなあ……」
「鉄拳美女とか若手を妬む雌傭兵とか言われてるみたい」
「2個目のほう言ったやつ誰? ぶん殴ってくる」
あはは、とお姉さんは楽しそうに笑った。
「まあ、若い子が先走って死んじゃうのは私も苦手だからね。強くなって息の長いお客さんになってくれないと」
「うん、がんばる」
「いや、だから有名になっちゃってるから、これ以上がんばるとホントにクビになるんだって……」
「んー、最後にもうひとりぐらい……」
「聞かない子だねえ。じゃあ、昨晩のなかで一等は――」
お姉さんから情報を手に入れ、私は礼を言う。
「私が男だったら、お姉さんを10日間貸し切るぐらいのお礼するんだけど」
「たまにはいいよ? 女同士だって」
目を光らせるお姉さんに苦笑する。
「もしくは後ろのお兄さんがお客になってくれてもいいんだよ? 1晩ぐらい貸してくれてもさ」
私とカゲヤがそういう関係でないことはとっくに見抜いているのに、お姉さんはそんな冗談をよく口にする。
「……申し訳ありませんが」
そしてカゲヤは毎回丁寧に遠慮をする。
――でも、そろそろマジでここから追い出されそうな感じだしな。
「お姉さん、これ」
私は上着の内ポケットからメモ用紙の束と細いペンを取り出し、長い数字を書き込んで手渡した。
「あら、『番号』?」
この世界ではインターネットも電話もないので、遠方とのやり取りは主に手紙で行われる。そして国外とのやり取りは手続きが煩雑になるのだが、商人や傭兵をはじめしょっちゅう国家間を移動する人たちは多い。そこで大方の国が協力して組織した『文流所』という施設が存在した。
文流所のどこかで特定の番号宛に手紙を書くと、その書かれた内容が全土の文流所に飛脚や鳥を使って流される。そしてその番号を登録している本人がどこかの文流所に立ち寄れば、自分宛ての手紙の内容を教えてくれる、という仕組みだ。
……プライバシーもへったくれもないが、便利ではある。
私もこの軍事基地にある文流所で、自分の番号を登録していた。
「なにかあったら手紙ちょうだい。1回無料で雇われてあげる」
お姉さんはちょっと驚いたように瞬きしてから、笑った。
「高く売れそうね、これ」
「ちょっと!?」
「冗談よ。ありがとね」
お姉さんは大切そうにその紙をポーチに仕舞う。
さて。
不名誉な呼び名をつけた野郎を殴りにいこうか。