死ぬにはまだ早い
黒い長袖のシャツとクロップドパンツは、軽いけれどやたら丈夫で私が引っ張っても簡単には破れない。その上に腰から左胸――心臓を守る薄い金属のブレストプレートをつけ、さらに着物とマントを合わせたような群青色の上着を羽織る。
足は頑丈だけど動きやすい茶色のブーツ、同色の薄いグローブもはめ、左腕には前腕を覆う金属のアームガード。
ベルトの右腰にはカイザーナックルとかメリケンサックなどと呼ばれる武器をぶら下げ、左腰には短剣を収めた鞘を取り付けている。
近接戦、それも短剣と拳を武器にスピード重視でインファイトを仕掛けるスタイルが、私の衣装を決めるときに魔王やサーシャが選んだコンセプトだった。
色合いは地味だし、装飾も控えめなのでぱっと見のインパクトは弱い。が、どの装備もめちゃめちゃ高性能なものらしく、目利きが調べれば泡を吹く代物だとか。
魔王城を出発してから、ちゃんと装備したのは初めて。
なにしろ白嶺はとにかく防寒重視だったし、ラーナルト城出発からは基本的に馬車の中なのでもっとリラックスできる衣装、町に寄るときなどもあまり目立たない普通の衣服だったのだ。
今回は外見的に戦士っぽさが必要なので、この装備をおろした次第。
いやー、なんとも、地球で新しい服を着て出かけるときとはまた違う、嬉し恥ずかし的なこそばゆさがある。
スポーツ選手が新しいシューズとかウェアを着るときってこんな気分なのかな。
そんな装備を纏って私が歩いているのは、コルイ共和国のとある軍事基地。
……まあ、言うほど大掛かりな設備ではない。要するに傭兵たちの集合場所である。
そう、今私は傭兵として、この場に加わっていた。
あたりには簡素な建物が並び、それぞれ傭兵の宿舎とか鍛冶屋とか酒場などになっている。
今回は大荒野を踏破して死門の黒獣――アルザードを仕留めるという大目標があるため、コルイ共和国は広く傭兵を募集していた。そのため、出兵まではまだ時間があり、先んじて集まった傭兵たちはこの地で訓練したり同業者と情報交換したり昼間から酒を飲んだりしている。
さて、私が歩いている道の向こうからやって来るのは、3人組の男性――というか、少年と言っていい外見の子たちである。
「あの子らだよね?」
「ええ。……確かに素質は高そうです」
隣を歩くカゲヤと、小声で会話をする。
――よし。
「へえ! こんなところに子供がいるなんて、なんの冗談かな」
明らかに蔑んだ口調で、路上に声が上がる。
……発言主は、遺憾ながら私である。
「なっ……え? ――あ、なんだよ、急に」
3人組の真ん中を歩く、活発そうな少年が反応した。
まず投げられた声に驚き、続いて私の外見に戸惑い、それから立て直して応答する。
もはや慣れた反応である。
私の外見に――まあぶっちゃけ美形のガワに――驚きや戸惑いや下心その他の反応を返されるわけである。
この子は驚きと緊張が大半なので、全然いいけれど。やっぱ若い子はピュアでいいね、とおっさんくさい感想を抱いたり。
「いや、別に、子連れの傭兵なんて珍しいなと思って。お父さんは? 一緒にいないとこの辺は危ないよ?」
「ふっ――ふざけんな! 親なんて連れてくるか! 俺らも傭兵だっ」
まあ、当然怒るよね。
超ごめん。
……今からもっとヒドいことします。
「そう。名乗るのは自由、っていいたいけど――」
少年の目前へ、一瞬で移動。
めっちゃ気をつけて力加減し、ボディに一撃。
「かふっ……」
少年が崩れ落ちた。
「おいっ、アックス!?」
左右の少年たちが慌てて抱き起こす。
アックスというらしい少年は、気絶まではしておらず、逆にボディブローの痛みに苛まれていた。やや涙目だが、しっかりこちらを睨んでくる。
――良心がズキズキします。
しかしだからこそ、言わなくてはいけない。
「わかる? 今のキミたちが傭兵だなんて言っても、冗談にしか聞こえない。知らない場所で死ぬのはいいけど、私が参加する戦争にいてほしくはないんだ。キミの死体に躓いたらどうしてくれるの」
少年が悔しげに歯を食いしばる。
「……けど、まあ、今ので気を失わないのは評価できるかな、うん」
「え……」
「つまりね、簡単に言うと、3年早い」
その言葉に、また少年が顔を歪める。
「強くなりたい?」
「……あんたをぶっ飛ばしたい」
少年の声は、力強い。
肩を貸している左右のふたりも、その言葉を咎めることなく、仲良くこっちを睨んでいる。
――合格。花マル。
「カゲヤ」
短く言うと、それまで無言だったカゲヤが、相変わらず無言のまま1枚の紙を少年たちに差し出した。
右端の利発そうな子がそれを受け取る。
書かれているのは、簡単な地図だ。
「半年後、そこに行ってみな」
と私は言う。
「それまでは戦争なんか参加しないで、焦らずゆっくり鍛錬して、家の手伝いとかしてあげな」
「なにが、あるんですか」
地図を受け取った少年が、やや強張った声で尋ねる。
「知ってるところじゃないと怖くていけない?」
なおも挑発すると、少年の頬が赤くなった。
――いけない、微妙に癖になってしまいそうでヤバい。
「冗談だよ」と私は微笑み、近づいて馴れ馴れしく肩を叩く。少年はさらに赤くなった。
「無駄にはならない。それは保証する。――あとは好きにしなさい」
それだけ言って、私は少年たちの横を通り過ぎ、そのまま歩き去る。
「あんた――名前は」
咳き込みながら、一撃食らった少年が声を投げてきた。
「イオリ。その場所で何か得たら、勝負してあげる」
振り返らず、私はそう答えた。