2回目の、最前線へ
ラーナルト王国から南下すると白嶺は高度を下げ、大荒野へと繋がる。人族と魔族の前線地域である。
その大荒野に接しているのは3つの国。
「3国で最も北、つまりラーナルトの南端に位置するのがツェルト王国です」
地図に指で示しながら、フリューネがレクチャーをしてくれる。
昨晩泊まった崖の上から再び馬車を担ぎ上げて降ろし、すでに私たちは車中だった。揺れの少ないしっかりした馬車なので、地図の細かい文字を追うのもたいして苦にならない。
「この国は白嶺と大荒野の両方に接する唯一の国です。つまり白嶺からふいに降りてくる魔獣と、大荒野から攻めてくる魔族の両方に対応する必要があることから、自ら戦線を押し上げようとはしません。基本的には守りの役割を負う国で、周辺国家もそれを理解しておりますから兵や武具の出資を行うのが常のことです」
「魔王軍が全力で攻め込むなら、まずここを潰すよね」
地図を見ながら思ったことを言うと、フリューネの気配が乱れた。
「あ、違う違う、別にそうするとかじゃないよっ」
慌てて否定すると、フリューネは首を振った。
「いえ、私――ラーナルトの王族は魔王様へ恭順しております。人族にとっては裏切り者。イオリ様のお言葉は的を射ていらっしゃいます。である以上、私はそれに賛同するものです」
「それをあえて口に出したってことは、色々思うことが溜まってるんじゃないの?」
「……申し訳ありません。イオリ様がとてもご親切に接してくださるので、つい気が緩んでしまいました」
お許しください、と頭を下げられる。
「いや、フリューネぐらいの年なら、もっと普段から緩んで――っていうか楽しんでいいと思うよ?」
「ありがとうございます」
そう微笑む彼女は、いつもの王族モードだった。
説明は続く。
「反対側、一番南にあるのがハウザンス王国です。こちらは大陸の最南端でもあるため、魔族側は補給線が伸びるのを嫌っているのか、中央からの派兵は少ないと聞きます。北や中央に比べれば戦力は低めですが、人族側にとっても、ここから攻め上げたところで魔王城へは長い道のりとなってしまいます。互いにそうした事情を慮っているかのように、新兵を戦に慣れさせたり、負傷明けの兵が勘を戻すために参加するといったことが多く見られます」
「へえー、なんていうか、うまくやってるんだね」
「戦争も交渉の一種と見れば、ある程度の融通は効かせるものということかと存じます」
「なるほど」
そしてフリューネは、説明した2国の間を指さした。
「そして、真正面から国力をぶつけ合う、最も激しい交渉の場についているのがコルイ共和国です。この国は王を持たず、第一次産業よりも軍事への従事者が遥かに多く、関税も設けずに広く兵や商人を集める、まさに戦争のための国家と言えるでしょう」
「う、生まれたくないなあ、そんな国……」
フリューネは柔らかく笑った。
「ですが国民の死亡率は、左右2国とあまり変わりません。兵の質が高いということですね。加えて魔族や魔獣を仕留めて加工品や素材そのものを輸出しており、ひとり当たりの収入は人族の全土で上位3国に入ります」
イメージ的に、稼ぎまくる外資系企業みたいな国だなあ。忙しいけど収入もいい、みたいな。
「今回、大規模進軍を準備しているのもここになります」
フリューネは本題に入った。
「発端は先月に遡ります。3国の東に位置するローザスト王国が、大荒野を踏破して果ての森へ侵攻し、死門の黒獣と激突したそうです」
「死門の黒獣?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「……ああ、そうですね、人族が勝手につけた呼称ですから……。私も見たことはないのですが、なんでも全身が黒い宝石のようなもので覆われており、獣に人が騎乗したような外見をした、極めて強力な魔獣だと聞きます」
――ん? それって、アルザードじゃない?
私が魔王様に連れられて――移動方法はいったん忘れるとして――大荒野を視察したとき、ちょうどアルザードが勇者一行を返り討ちにしたところだった。
「お心当たりがございますか?」
「あ、うん、たぶんそうかな、っていう魔獣ならいる」
名前とか能力とか弱点とか聞かれるかな? と思ったがフリューネはさらりと話しを続ける。
「残念ながら撃破には至らなかったようですが、名の知れた戦士を中心とした部隊だったそうで、退却して自国へ戻ってくることができました。これまでその魔獣と戦って生還した者はほとんどいなかったので、その戦士たちが持ち帰った魔獣の情報はとても貴重なものだったとのことです」
うん、やっぱりあの勇者たちのことだよね。
あの後、逃げ切れたんだ。よかった。
「ローザスト王国には年若いが優秀な戦士たちがいるそうで、彼らが成長した暁には死門の黒獣討伐へ向かうつもりだったそうですが……。どうやらその情報が流出し、それを手に入れたコルイ共和国は即座に討伐部隊を編成し始めた、というのが現状でございます」
「え? ああ、そういうのって自国で秘密にしとくもん?」
あの魔王様相手にするってのに、人族同士で協力できないでどうすんの、という印象だけれど。
「はい。もちろん魔族に勝利することは共通の目標ではありますが、それで得た土地や資源、資産などの分配は戦争での功労が大きく影響致します。ゆえにどの国も明確な戦果は自分たちが上げたいと考えるもの――。死門の黒獣討伐は、わかりやすく大きな戦功と言えるでしょう」
……その討伐対象、実は200体以上いますよ、とはさすがに言えないよね。
ラーナルト王国とツェルト王国の国境は、入国税を支払うだけでオッケーだった。その国は素通りし、さらにコルイ共和国との国境へ。出ていくツェルト王国の衛兵から関税をかける品がないか馬車を調べさせろと言われたが、リョウバが金を握らせてパスした。
王族の証とか伝説級っぽいカゲヤとエクスナの武器とか神鳥の死骸とか女神の毛髪とかロゼルの開発品とか、見つかったらやばそうなのが色々あるからね。
事前に、いくつかある国境のうち、話の通じそうな衛兵がいるのはどれかをカゲヤたちが調べてくれていた。
コルイ共和国への入国は、聞いていたとおりで入国税も関税もなし。ひとりひとりの人相を確認されただけで終わった。
私とかフリューネとかはじろじろ見られたけど、明らかに旅人とか傭兵的な見た目じゃないからなあ。
その後は南から南西へと進路を変え、大荒野の手前にある軍事基地を目指した。
目的地まであと数日、というところで
「それではパーティーメンバーを発表します」
と私は言った。