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ひと段落の、次の章

 後始末をすべて終えた私は、皆がキャンプを張っている場所へ戻ってきた。女神様が降臨した林とは港町から90度方向の違う、道なき崖の上だ。

 道がないので、もちろん馬車で上がれるような場所ではなかったけれど、そこは私が持ち上げてひとっ飛びした。それを見たフリューネたちは呆然としていたけど、「じきに慣れますよ」などとエクスナが小声で言っていたのを私は聞き逃さない。


 ……まあ、こういったことも今後は周囲の目とか起こりうる事態の想定とか、しないとなあ。

 今回はつくづく反省である。


「お帰りなさいませ」

「ただいま」

 崖の上で出迎えてくれたカゲヤに挨拶を返し、焚き火の近くに座り込む。


「あぁー、終わった、あぶなかったぁ……」

 ため息をつく。


「お疲れ様です」

 リョウバが水の入ったコップを差し出してくれる。

「ありがと、あ、さっきのもね。シュラノもありがとう」

「我々は大したことなど」

 リョウバが笑い、シュラノは聞いているというしるし代わりに一瞬こちらへ目線をよこす。


 あの男たちの足を狙い撃ったのはリョウバで、神鳥の羽を凍らせたのはシュラノだ。


 ――そもそもの発端は、リョウバの一言。


『あの港町にも、押し寄せるでしょうね』


 神が降臨したことがどれだけ珍しいイベントかフリューネに説明され、このままだとあちこちからやって来る人々に囲まれて質問攻めの尋問責めだと言われ、急いで撤収作業をしていたとき。


 地平線から見え始めた土煙を見て、リョウバがぽつりとそう言ったのだった。


 その一言で、私にも起こりうる未来のうち悪い可能性が色々と浮かび上がってきた。


『やっ、やばいどうしよう! 私迷惑かけるつもりなくて! あの干物屋の男の子とか話し込んじゃったしまずいまずいやばい!』

 テンパる私をなだめ、フリューネとリョウバが方針を提案してくれた。

 ひとまず場所を変えて港町を監視し、何かあれば動く。並行して王城へ手紙を送り、治安維持のため兵を派遣してもらう。

 2台の馬車には鳥籠と1羽の鳥が、ワンセットずつ備えられていた。片方に手紙を結んでラーナルト城へ飛ばし、私は視力を全開にして崖の上から港町の観察を始めた。


 そして予想通り悪い方向へ事態は展開していき、あの男の子が攫われた瞬間、私たちは事前の打ち合わせ通りに動いた。


 ――動き終わって、現在。


「ほんとリョウバの一言で気づけたよ。ありがとう」

「私は大したことなど言っておりません。危惧を抱いて準備し実行されたのはイオリ様の手腕ですよ」

「いや全然そんなことないって。教えてくれてほんと助かったよ……」

 水で喉を潤しながら私は言った。

「お言葉はありがたく頂いておきます。ですが事実としてあの少年を助けたのはイオリ様です。ご自身の成果もお忘れなきよう」

 リョウバはあくまで謙虚な姿勢を崩さなかった。


「でもリョウバが言うとは思いませんでしたよ。あの町に美人でもいましたか?」

 崖の上で再び鍋を火にかけているエクスナが彼を見上げた。

「私が言わなければ、君が言ったのではないか? あるいは単身町に潜入したかもしれんな」

「どこのお人好しですかそれは」

「それにしても良い匂いだな」

 鍋から漂う香りは、確かに実に美味しそうだった。

「……まあ、あの町はなかなかいい品を揃えていましたね」

 エクスナはそう言って鍋に視線を戻した。



 町のすぐそばでわざわざ干物や干し野菜を使うこともないだろうと、その日は港で揚がったばかりの魚介を使った鍋物になった。

 ただこの世界では鍋物にパンを添えるのが普通なので、いわゆる日本の鍋はあまり見られない。けれど私がエクスナにいくつか知っているレシピを教えると、彼女はそれをパンに合うようにアレンジしたり、たまに正統派和風鍋にご飯を炊いてくれるようになっていた。

 今日は白身魚とエビに似た甲殻類を、牛乳と発酵調味料各種で味付けした鍋である。しっかり味がついているし、風味も味噌を混ぜたクラムチャウダーといった感じで、やや不思議な取り合わせだがパンにもよく合った。


「シュラノ、それやめてご飯にしますよ」

 エクスナが声を掛ける。


 シュラノは、例の神鳥の死骸から抜いた羽に向けて、何度も氷の魔術を行使していた。

 あの男たちに「呪い」だと嘘をついて羽を凍らせたのだが、氷が保ったのは10分ぐらいだった。5分を過ぎた辺りから徐々に溶け始め、最後には水分まで蒸発してもとの状態に戻ってしまうのだ。

 10年なんて保つわけがない。


 正直、あの男たちがもっと長くあの場にいたらやばかった。だからさっさと追い払ったのだけど。


 そのことは、シュラノにとっては悔しくもあり、同時に課題を与えられたようでやる気スイッチも入ったらしい。あの後はずっと羽を凍らせる訓練を繰り返していたというわけだ。


 見る限り魔力も底を尽きかけている。

 本人も自覚しているようで、羽をいったんしまって食事の輪に加わった。ちなみに羽は、別に熱くもなんともない。ただ凍らせたり冷やしたりすると、一気に常温に戻ろうとする。冷気耐性が高い、ということなのだろう。


「さすがはレグナストライヴァ様の眷属ですね。これを加工すれば永久凍結魔法にすら耐えられるかもしれません」

 モカも研究意欲が湧いたのか、シュラノが試していたのとは別に羽を引き抜いたり、死骸を調べたりしていたのだ。

「眷属という括りなら、イオリ様も同様だぞ」

 リョウバが言うと、

「やめてください……、考えないようにしてるんです……」

 モカは暗い表情になった。

 たぶん、ロゼルにバレたらどうしようか悩んでるんだろうね。わかるよ、うん。


「もとから天上の使者なんですから、そんなに変わってないとも言えますよ。だからこれまで通りでいいんですよね?」

 おかわりをよそってくれながらエクスナが尋ねるので、

「うん。かしこまったりしないで。泣くよ」

 同意しながらたっぷり具の入ったお椀をもらう。


「イオリ様に同行させて頂いてから、私の知る世界の枠は打ち崩されていくばかりです」

 フリューネは面白そうに、かつ上品に笑いながら優雅にエビっぽい何かの殻をフォークで剥いている。器用だなあ。

 

 食事が終わり、コーヒーに似たお茶を飲んでいると、どこからから1羽の鳥が飛んできた。

「ああ、王城からの返事ですね」

 フリューネがそう言い、アルテナが腕に鳥を停まらせる。その足に結ばれた文をターニャが解き、中身を読む。流れるような動きだ。

 にしても、馬車で3日かかった距離を数時間で往復するって、かなり速いんじゃない? さすがは王族が使っている伝書鳥ってことか。


「予定通り、騎士団がやって来るとのことです。先発隊は明後日の朝にでも」

 これまた、急いでくれるらしい。


「……それから、追記がありました」

「なんて?」

「近々、大規模な進軍があるそうです。大荒野の果てに待ち構える、『死門の黒獣』を討伐するのだとか」

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