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初任給

「時間が来ました」


 緑髪の男がそう言った。


 結局、眠りもせず朝までぶっ通しで続けたわけだ。黒板は確実に百回以上、消されてはまた書かれてを繰り返したし、黒髪がメモした石版も机の一角に辞書ぐらいの厚さで積み重なっている。――さすがに紙よりは一枚の厚みがあるだろうけれど。


 しかし、私の疲労感は、せいぜいテスト前に一時間ほど集中して勉強したかな、というぐらいのものであった。男ふたりは、私以上に平然としている。三人とも、あくびすらしなかった。


 こちらの世界の人々はやたらと頑丈らしい。


「お疲れ様でした。帰るのに先に、給料が出ます」


 ちょっと言葉遣いに怪しいところもあるけれど、既に緑髪の男は会話に引っかかることがほとんどないレベルに達していた。頑丈なだけでなく、異常に頭がいい。


「え、給料?」

「はい」


 緑髪の男――ちなみに名前はバランザインというらしい――は、夜中にまたお茶を持ってきた女性が、そのとき合わせて運んでいた綺麗な箱を机に置いた。


 かちり、と気持ちのいい鍵のまわる音の後、蓋が開く。

 なかは眩く輝いていた。


 色とりどりの宝石や鉱石である。


「イオリ様の世界で、金になるものは……」

 呟きながら緑髪がいくつかを選び出していく。

「このあたりでしょうか」


 ぱっと見てわかったのは、サファイア、ダイヤ、そして金――といったところである。

 無論、構成物質がぜんぜん違う可能性はあるが。


「え、給料って、もしかしてこれですか?」


 もちろん私は、ドン引いている。

 まだ札束をどさりと置かれたほうが驚かなかっただろう。

 なにこのウズラの卵より大きそうなダイヤ。


 この部屋だけ見ても、男たちが金持ちであるだろうことは予想していたが、中東の王様じゃないんだから、いきなりこんな宝石なんてじゃらじゃら持ち出さないで欲しい。


「通行料は、大きいと上がりますだから、小さいでも金になるのが希望します」


 その理屈も、深夜の集中講義で聞かされたことである。


 なんでも、私の世界へ来るには莫大なコストがかかるらしい。単純なお金もそうなのだが、それに加えて、向こうの言語を直訳すれば『神より賜りし力』なるものが必要となるのだそうだ。


 そう、この世界は神の力――おそらくMPとか魔力とかそっち方面の力が、実在しているようだった。


 そしてそのコストは、世界間を渡る物質の大きさに比例するのだという。

 だからなるべく換金率が良くて質量の小さなものを選んでほしいと。


 ……うん、そういう理屈は理解したよ。

 しかし一介の女子大生が宝石なんて換金して大丈夫なんだろうか?

 アクセサリにもなってない、むき出しの宝石だしなあ。

 私、現実世界ではもらったプレゼントを換金なんて無縁の人生だしなあ。


 しばらく悩んだ結果、とりあえず私は純金らしき延べ棒を指さした。


「わかりました」


 緑髪の男はうなずくと、てきぱきと宝石を片付けていく。あれ? 金の延べ棒もしまっちゃいましたよ?


 なにか翻訳を間違えたのかなあ?と悩む私をよそに、緑髪の男は箱を抱えて部屋を出ていってしまった。


 残されたのは私と黒髪の男だ。


 で、こっちの黒髪の方だが。


 いわゆる魔王様でした。


 ……直訳ではないけれど。


 正確には『人と敵対している一族の王様』、『破壊を司る神が生み出した生物を統率する者』というわけで、じゃあ魔王としか呼びようがないだろう、と私は判断している。


 その魔王様は緑髪の男ほど日本語を習得してはいないので、手元のメモを見ながら私と会話をする。


「……前の部屋、……行く。門、そこ、あります。……できる、私が道を、持つ」


 そう言って、ちらりと私の反応を伺ってくる。

 魔王以外に世界の行き来はできないので、連れて行ってくれるということだ。これも緑髪から聞いている。

 魔王自身もその会話は聞いているが、あらためて説明してくれるところに私は好感を抱いた。

 そりゃ、あんだけ情報量たっぷりのやり取りを一晩中していたのである。それらすべてを覚えてる前提で話を進められたらたまったものではない。


 ……ただ、困ったことというか、むしろ有り難いことなのだが、私の今の頭、これまた性能が上がってるっぽい。

 だいたい、覚えてるんだよね、ここまで聞かされた内容。

 大学の講義なら10コマ連続分ぐらいの長さで、密度はずっと高かったのに。

 この頭脳だけ向こうに持って帰れないものだろうか。


 ……ともあれ、 

「お願いします」

 私がそう言うと、魔王は短く頷き、立ち上がった。


 そして私のソファの横へ来ると、軽く屈んで手を差し伸べてくる。

 おお、エスコートされるのか私。


 その手を取って、立ち上がり、彼の後について部屋の一角へ進む。


 またも、足元に魔法陣が浮かび上がった。


「痛い、違う……安心」


 食い入るように魔法陣を見つめている私が心配しているのかと思ったらしい、魔王はたどたどしくも優しく私に語りかけてくる。

 うん、ごめんなさい、ウキウキで眺めてただけです。でもこれだけ図太い神経の身体を用意したそちらにも責任があると思います。


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