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ある種の伝説のはじまり

 イオリの こうげき!

 

 ――といきたいところだけど、あいにく私はひのきの棒すら装備していない。

 そして相手はバブ○スライムより素手で触りたくないモンスター。くさっ○したいといい勝負だ。


 てなわけで足元を捜索。手頃な石を拾い上げ、投擲!


「ゲハッ」

 斧を持って色々喋ってくれやがった男の、胴体に風穴が空いた。


 そのままばったりと後ろへ倒れ、魂が天へ昇っていくのが見えた。

 地面が血を吸い、染まっていく。


「――は?」

「……えっ?」

 弓矢持ちの残り2体が、数秒遅れて呆然とした顔になった。


 こいつらは露骨な目を向けてきはしたけど、直接なにか言ってきたわけじゃないし、まあ死んだ男を制したりもしなかったけど、んー、ヘタな捨て台詞とか無しに逃げるなら見逃してもいいかな?


 左手から風を切る矢。

 ――をぱしりと掴み取る。


「なっ!?」

 今は警戒モードだから、気づきますよ。

 3人で出てきて、隠れたままの1人は左手に移動したことは。


 さっきのと似たような石を拾い、跳躍。

 太い木を何度か蹴って林の中を跳び進み、まだ私のいた場所に弓を向けたままの4人目の男に、樹上から投石。

 反応もできないまま、男は無残なことになった。

 ……この死体を見ても平気なんだ、私。


 再び木を蹴ってさっきの場所に戻ると、男ふたりは消えていた。

 うん、賢明だ。


 祭壇の上に向かうと、アルテナは狼を治療中だった。


 カゲヤが私に頭を下げてくる。

「――申し訳ありません、この獣の監視を優先しました。逃げた方向は把握しておりますので、今からでも捕縛できますが」

「うん、それでよかったよ。逃げた連中は放っとこう」

「ありがとうございます。また重ねて申し訳ありません。戦闘をお任せしてしまい――」

「それもいいって。大した敵じゃないってカゲヤも見て取ったんでしょ?」

 あの盗賊たちは、一番高くてレベル10前後というところだった。


「それでアルテナ、この子は助かりそうかな?」

「はい。はじめに痛みを抑える術式を行使した段階で気絶しましたが、既に大きな傷は塞ぎました。衰弱は激しいですが、目覚めてから栄養を与えれば持ち直すかと」

「そっか、よかった」

「ちなみに、聞いてもよろしいですか?」

「えっと、アルテナ?」

「はい」

「できればなんだけど、もっと率直に質問してくれちゃっていいよ? そのほうが私が話しやすくて……」

「かしこまりました」

 アルテナはわずかに微笑んだ。

 フリューネには負けるが、十分に貴族めいて上品な笑顔である。

「では、つまりその、イオリ様のレベルは上がりましたか? 獣ではありませんが、人族を倒したのですよね」

「あー、うん、それなんだよねー」


 結論から言うと、経験値は獲得できませんでした。

 死んだ盗賊たちの魂は、そっくりそのまま天へと昇っていってしまった。

 ……まあ、記念すべき最初の経験値があんな連中の魂ではなくてよかったと言えなくはないけれども。


 しかしこれは、ちょっと問いたださないとな。


「アルテナ、治療はあとどのぐらい?」

「そうですね、5分もあれば、あとは自然治癒のほうが効率が良くなります」

「わかった。じゃあそれでいったん切り上げて」

「かしこまりました」


 ――5分後。


 祭壇上に狼を寝かせたまま、私たちは地上へ戻った。


「えーっと、ふたりともちょっと、しばらく耳をふさいで目を閉じていてもらえるかな?」

 私はカゲヤとアルテナにそう告げた。


 やや沈黙を挟んだものの、カゲヤは素直に頷いてくれた。

「……承知しました。距離も取ったほうが?」

「うん、そのほうがいいかな」

 

 カゲヤが従うと、アルテナも好奇心をやや見せつつも追従してくれた。


 ふたりが林の影に隠れてから、ちょっと待つ。

 ――すごいなカゲヤ、こっちに意識を向けることもない。完全に石になっている。アルテナはけっこうこっちに気が向いてるけど、これはしょうがないよね。


 さてと。

 ……私は私で、気合を入れねば。

 なにしろこれから、非常に厄介な奴を相手にすることになるのだ。


 私は大きく息を吸い込み、

 空に向かって、


「シアー! おーい!! シアー!!!」


 そう、大声で呼びかけた。

 呼びかけてしまった。

 私の全力で。


 ――その声は大気を揺るがせ、木々を波打たせ、雲を吹き飛ばし、まさに天上まで轟く大音声となった。

 ――そしてアルテナを気絶させ、カゲヤにも相当なダメージを与え、もとから気絶している狼をビクンと震わせた。

 ――さらに林の外で待機している馬車にいるエクスナたちも、軒並みノックアウトした。


 ……ちょっと、加減すべきだった。



 ――これはまったくの余談であるが。

 数十年後、この近隣の村ではひとつの伝説が広まっていた。


 林の奥深く、かつて栄えた部族を滅ぼした巨大な獣が今も生きていると。

 その獣は、「シャーオ・イシャー」と特徴的な鳴き声を上げ、その声には人を死に至らしめる呪いがかかっていると。


 その証拠を示すように、林の奥に残る遺跡の周囲では、何かから逃げるように奇妙にねじ曲がった樹々が生えていた。


 ――そんな伝説である。

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