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「ハゥルルルルゥ……」

 金色の狼は唸り声を上げながら、祭壇の上部でこちらを見下ろしている。


 けれど、明らかに辛そうだった。

 傷は古くて血が乾いたものから、まだ流血の続くものまで様々だが、いつ倒れてもおかしくなさそうな雰囲気だ。


 私たちに向けているのは、殺気や食欲といったものではなく、怒り、警戒、それから、怯え――

 どうしよう、暴れている獣を退治に来たはいいものの、この相手はかなりやりづらい。


「このあたりでは見ない獣ですね。変異種か、はぐれてこの地域まで流れたか……、いずれにせよ手負いのまま放置するのは危険です」

 アルテナが剣先を向ける。


「イオリ様、レベルはお分かりになりますか?」

 カゲヤの問いに、

「50ぐらいだけど……」

 そう答えると、

「もう少し私が弱らせてから、イオリ様に仕留めて頂きましょう」

 踏み込む姿勢を見せるカゲヤ。

 それを察した狼も体勢を低くする。

「あ、ごめんちょい待って!」

 慌ててカゲヤを制する私。


 ――とはいうものの、マジでどうしよう?


 少なくとも、この狼を追い詰めた他の何かがいるってことだよね。

 それに向こうから襲ってくる様子は、今のところないし。

 もしゲームで選択肢があれば、私だったら『闘わない』を選ぶ場面だ。


 ――幸い、今の私は高防御かつ自動回復スキル持ち。


 ひとつ息をついて、ゆっくり祭壇の階段を登っていく。


「ゥグルルル……」

 狼は私に向けて喉奥から唸りを上げる。


 一段ずつ慎重に登りながら、脳内で『犬のしつけ』があったシーンを高速検索する。

 ……ええと、とにかくこっちのほうが偉くて強いんだと思わせなきゃいけないんだよね。八○はたしかアンパンを見せつけながら食べてた――駄目だ使えん。あと他に……そうだシ○イシが……いかん作品に数多くいる変態が邪魔をしてあのシーンを思い出せない。


 悩みながら階段を上がるが、幸いなことに狼は襲いかかってこず、唸りながら待ち構えるだけだった。

 そして、ピクッと鼻先が動き、何かを嗅いでいる。

 気配からして、明らかに私の匂いを。

 ――たしかに宿屋を使わず野宿だけど、川で水浴びしたりお湯で濡らしたタオルで拭いたりしてるよ!


 とうとう、祭壇の上まで登りつめてしまった。


 そこは中央が少し凹んでいて、椅子や燭台や小机など雑多なものの残骸が散らばっている。そして木の枝や葉っぱが一角に溜まり、その近くには地上で見た野菜の屑や小動物らしき死骸――ほぼ食い尽くされて骨だけの――もあった。

 

 金色の狼は、何度も私の匂いを嗅ぎ、どこか不審そうに唸っている。


 ――とりあえず頭でも撫でてみるか?

 優しく撫でると逆に侮られそうだし、ピ○ーがラモ○トにやったみたいに凶々しいオーラ的な圧迫感を出したほうがいいかな。


 そう思いながらさらに一歩踏み出すと、

「キャンッ」

 甲高い悲鳴を上げて狼は後ろに跳びさがってしまった。

 明らかに怯えながら私を見つめている。


 ……えー。

 もうダメだ、コレを倒す気には絶対なれない。


 どうしたもんかな、とさらに悩んでいると、


「――ギャウンッ!」

 左手から飛来した矢が、狼の肩口に突き刺さった。


 祭壇の中央付近に倒れ込んだ狼は、数秒だけじたばたと暴れたけれど、ほどなくぐったりとしてしまう。


「ふたりとも来て!」

 とっさにカゲヤとアルテナを呼び寄せる。


 瞬間移動でもしたのかと思うほどの速さでカゲヤが参上し、遅れてアルテナも階段を駆け上がってくる。


「アルテナ、回復術使えるんだよね?」

「はい。――え、まさか?」

 察したアルテナが目を丸くする。

「この子治してあげて。カゲヤはこの子が暴れたら取り押さえて。……でもこっちが怪我しそうだったら……、倒してもいい」

「承知しました」

「……本当によろしいのですね?」

 アルテナが不安そうに私を見る。

「うん、お願い。フリューネにあとで何か言われるなら、責任は私が持つから」

「――かしこまりました」


 その場をふたりに任せ、私は祭壇から地上へ飛び降りる。


 周囲に意識を向ければ、矢の飛んできた方向から微かな物音と気配が感じ取れた。

 あの狼の相手に集中してたから、警戒を怠ってたな。

 怪我をさせた何かがいるってとこまで考えてたのに、これは私のミスだ。


 林の奥から、物音が徐々に大きくなった。

 現れたのは、3人の男。


 弓矢を持っているのが2名、もうひとりは手に斧、腰に短刀を装備している。

 江戸時代の農民兵みたいな格好をしており、全体的に薄汚れて、垢の匂いが漂ってきそうで、うん、生理的に無理。

 私が丸腰だからか、女だからか、余裕のある顔つきだった。

 ……というか、正直言って下心丸出しだ。こっち見るな。


「同業者かい? あんた」

 斧を持った男が話しかけてくる。

「そっちの職業がわからないんだけど」

 敬語を使う気は起きなかった。

「わかるだろ? あの金色の狼を追ってるんだよ」

「猟師? それとも冒険者的な何か?」

「冒険者っ!?」

 男たちが吹き出した。

 実に感じの悪い笑い方だ。

「――そりゃあ、呑気にしてる東の国にあるっつう組織だろ? 俺たちは猟師だよ。ついでに傭兵でもあるし――たまに盗賊も請け負う」

 にやりと笑う斧使いの男。


「嬢ちゃん、ずいぶん小奇麗な格好だよな」

「なにそれ、脅し?」

「いや、状況を説明してやろうと思ってなあ――」

 男は祭壇にいるカゲヤたちに視線を向けた。

「あんたは丸腰で孤立してて、俺たちは武装してて、おまけにあっちの面子は槍と剣だ。一方のこっちは弓矢を持ってる。しかもそっちに男はひとりしかいねえ」

「そう、それで?」

「いやいやいや、それだけだよ。俺たちはあの珍しい獣の毛皮を手に入れて、おまけに売りさばけそうな上等の衣類と、滅多に見ねえ上玉もふたり手に入る。後に残るのは野郎の死体ひとつ。……それだけだ」


 シンプルにムカつく。

 

 これが地球上の出来事だったら、本来の私なんてビビり倒しているはずだけど。

 かといって、こいつらを笑って見逃すほどには、私の精神力は強化されていない模様。


「暴れてもいいからな? ただ、手足はなくても『使える』ってことは理解してるよな?」

 

 ――これでもけっこう、悩んでたんだよなあ。

 この世界で、私に人を殺すことができるのか。


 そんな葛藤が馬鹿馬鹿しくなるほど、私の思考回路が切り替わっていく。


 結論。


 盗賊たちが あらわれた!


 脳内に戦闘BGMが流れ始めた。

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