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試食とクエスト探し

 ラーナルト王国の首都を出発して3日目。

 道は舗装の甘いところが目立ち始めた。今進んでいるのは、轍だけが辛うじて残っているような草原である。

 ちょっとした丘陵になっていて、前方左には小さな村が見える。こちらから見下ろすかたちで、草原と村とその先に広がる海の組み合わせは、なかなかいい眺めだった。


「あの村は、良質な干物や果実酒を生産しています」

 フリューネがそう説明した。

「ここより先に大きな街があるのですが、旅支度に際してわざわざここまで買いに来る者も多いと聞きます。少し補給してゆくのもよろしいかと」

「どうする? カゲヤ」

 御者台の彼に尋ねる。

「イオリ様がよろしければ」

「そうだね、今日は朝から走りっぱなしだし、ちょっと歩きたい」

「ではそのように」

「あ、フリューネ、あの村は審門とかないよね?」

「ええ」


 この馬車はいちおう地味な外見ではあるものの、よく見れば凄いお金がかかっているのは見て取れてしまう。

 そんな代物で村に入ると悪目立ちするので、丘陵地帯に止めておき、数名で村へ向かうことにした。

 審門がないなら、人族だけに絞る必用もない。


「私は、国内では顔を見せないほうが都合がよいので」

 フリューネが遠慮すると、当然お付きの2人も残ると言う。


「では参りましょうか、イオリ様」

 そういって腕を差し伸べてくるのはリョウバだ。

「いや、そんなエスコートはいいよ?」

「残念ですね」

 あっさりと引くリョウバに、

「補給は最低限これを。あとはイオリ様のお好みに合わせてください」

 カゲヤがお金の入った革袋とメモ用紙を渡す。

「了解した」

「なにかあれば空へ垂直に砲撃を。2発で私が、3発なら馬車も連れ全員で向かいます」

 

 カゲヤは自ら居残りを選んだ。

 率先してついてくるかと思ったけど。

 ――たぶん、フリューネたちをまだ信用しきっていないんだろうな。

 モカも人の多い場所は苦手だと言い、シュラノは海を見ながらぼーっとしている。あの晩以来、自動モードの姿しか見ていなかった。


「お魚は久しぶりですねー」

 買い食いする気満々のエクスナと合わせて3名で、丘を下っていく。

 この世界は、町や村より自然のほうが多い。日本にいたときは街と街の区切りなんて電車の駅か地図上の線でしか認識できなかったけど、ここでは人の集まる場所が周囲の自然からぽっかり浮いているかたちだ。RPGのフィールドに、町のアイコンが出ているのとリアルに大差ない感じである。


 村は海に向かって大きめの通りが1本伸びており、その左右に店が並んでいた。メインストリートというやつだ。

 そこを歩く人々から、視線が飛んでくる。


「明らかによそ者ですからねえ」

 とエクスナが言う。

「旅人は多いとフリューネ姫が言っていただろう。おそらくこれはイオリ様の美貌ゆえだと思うぞ」

「リョウバ、あの、私そういうの言われ慣れてないから、できればやめて欲しいなーって」

「それはいけませんね」

 リョウバは快活に笑った。

「今後もあらゆる場面で賛美の声を聴くことになるでしょうから、今のうちに是非慣れておいて頂きましょう」

「イオリ様、こうした手合の男は、無視するか退けるかですよ。あるいは褒め言葉を単なる時候の挨拶だと脳内変換することです」

 エクスナがリョウバを睨みあげながらそう言った。

「ああ、すまない、エクスナも充分に可愛らしいぞ。将来が実に楽しみだ」

「将来の私を拝めないように今殺ってしまいましょうか」

 などと内輪で会話している間も、視線は四方八方からやって来る。


「兄さん、えらく羨ましい身分だなあ」

 近くから、そんな声も飛んできた。

 ――これは定番イベント、街のチンピラに絡まれるイベントか?

「村の誰かに用事かい?」

 違った。

 声をかけてきたのは、魚の干物を売っている露天商のおっちゃんだった。

「いや、旅の途中でね。少し補給に来た」

「そうかい、うちの干物はものがいいよ。味見してみな」

 おっちゃんがそう言うと、背後で何か作業をしていた見習いらしき少年が、地面に並べた七輪に干物を1枚置いた。

 炭で炙られ、香ばしい匂いが漂ってくる。


「ここで買いましょう」

 エクスナが言った。

「嬢ちゃん、気風がいいな」

「匂いでわかります。これは上物ですよ」

「毎度あり」

「――イオリ様?」

「うん、任せる」


 リョウバはおっちゃんと交渉を始めた。

 その合間に、見習い少年が火加減を見て、干物を皿に乗せてくれる。

 半身ずつエクスナと分け合って食べてみると、

「――おいしいね」

 肉厚の身に脂がよくのり、炭火の香ばしさと相まって実にいい味だった。白いごはんが欲しくなる。

「私の鼻に間違いはありません。鮮度も味も毒の有無も判別できますので」

 エクスナも素早く半身をつつきながら得意げである。


「お客さんたちはどこからいらしたんですか?」

 見習いの少年が尋ねてくる。

 日焼けして、短パンに袖のない上着で、見た目は夏休みの小学生といった感じだけど、言葉使いはしっかりしている。

「王国のほうから来ましたよ」

 エクスナが答える。

「そうですか、ではこのまま南へ?」

「はい」

「この先の山を越えると、一気に気温が上がります。衣類もお求めでしたら、良い店を紹介しますよ」

 ――しっかりしてるなあ。

 あ、普通に良い意味でね。

 こうして働く子供なんて、日本じゃまず見ることがないので、それだけで偉いと思ってしまう。


「あ、そうだ」

 人族の領土に入ったら、試したいことがあったんだ。

「ねえ、ちょっと聞いていい?」

「はい、なんでしょう」

 少年が見上げてくる。日焼けした顔が、さらにちょっと赤くなった気もする。

 ――うーん、慣れない、こっちが。

 いや、美人でいることに慣れたら日本戻ってから辛そうだしな……。


 まあ、それは今考えなくていいや。


「このあたりで、盗賊の集団とか凶暴な獣とかいないかな?」

 私はそう尋ねた。

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