お姫様のゴリ押し
「当面は身分の確かさを私が保証させて頂き、道中ではイオリ様に王族の振る舞い方をご教示させて頂きます。王族ごときの真似をされるのがご不快でしたら、視察が終わるまで私が身分証明役を続けさせて頂いても構いません」
フリューネは私だけでなく、他の皆にも視線を向けながら説明をしていく。ゆったりとしつつも歯切れはよく、聞き取りやすい口調だった。
「もちろんイオリ様の視察に対して愚意などは申しませんし、視察内容を他者に漏らしたりも致しません。当然ここにいる王をはじめ家族にも。こちらに関しては契約の術式をこの身に刻ませて頂きたく」
いかがでしょう? とフリューネは私に微笑みかけた。
「フリューネ、黙って聞いておれば……、控えんか」
ラーナルト王は、ようやく口を挟むタイミングを得たとばかりに鋭い声をあげた。
「申し訳ありません、イオリ様。愚女が大変失礼な物言いを」
「あ、いえ、別にそんなことは」
顔の前で手を振って否定するが、王の顔は険しいままだ。
「だいたいお前がついていけるものか。城の外にもろくに出たことがないだろう」
「ですからこそ、というものですお父様。お兄様やお姉様は軍事遠征に同行されたり隣国へ留学されたりと知見を蓄えているのに、私ひとりがこのまま領内に籠もっているわけにもいきません」
「それは、時期を見てだな――」
「時期ならばまさに今このときではありませんか。魔王様とイオリ様へ微力を尽くす好機、見送る理由がございますか?」
身内とはいえ、王様相手に一歩も引かない少女。
「ならば何故お前なのだ? 最も幼いお前が身を張ったところで微力にも届くかどうか」
「先ほど説明差し上げた通り、王族作法のご教示でしたら私でも充分に行えると自負しております。それにそもそも――」
フリューネは壁際へと歩いていく。
そこには、大きな世界地図が掛けられていた。
「ラーナルト王族と魔王様との交流は、他国から見ればどう言い繕っても国同士の密約です。そして国力において、人族の領土を分け合っている我々と、魔族領全土を治める魔王様とでは、圧倒的な差がございます。仮にこれが人族の国同士のことであれば、弱者たる方の国が王族を嫁がせたり離宮に差し出したりと、人質を取ることで密約をより強固にするのが通例ではございませんか?」
フリューネの言葉に、王様は唸る。
「それは確かにそうだが――」
「でしょう。それなのに、寛大にして慈悲深き魔王様は、こうした交流以外に人質も金銭も求めることをなさいませんでした。私が暫くの間この国を離れることぐらい、本来支払うべき代償に比べれば微々たるものです」
「むう……」
ラーナルト王は、反論の接ぎ穂を見つけられず唸り続けていた。
会食の場は、その後少ししてお開きになった。
ラーナルト側は、最終的にフリューネ姫のゴリ押しが王様をも押し通す空気になっていたが、私たちも即答はできないということで、翌日改めてとなったのだ。
その時点で既に夜が終わりかけていた。カゲヤも容赦ない時間帯を選んだなあと思うが、いかに抜け道を使ったといっても王族の主要メンバーが秘密の部屋に勢揃いするわけだから、ひと目につきづらいのが第一だったのだろう。
貴賓室に案内され、カゲヤとエクスナが室内を検めた後に私はベッドに腰をおろした。
久々のお布団である。
滑らかなシーツの肌触りが嬉しい。
部屋の窓からは、少し離れたところにある庭園が見えた。
ここはラーナルト城のかなり高い階層にあるが、わざわざ地上から土や花を持ってきているらしい。
窓を離れて部屋の入口へ向かいドアをを開けると、一拍遅れて隣室のドアも開く。
「どうかなさいましたか」
カゲヤの問いかけに、大丈夫だと笑う。
「ちょっと外の空気を吸ってこようかなって」
「では警護を」
「平気だって。白嶺でだって私、怪我しなかったでしょ?」
「……何かあればお声を」
旅の出発前だったら、こうあっさり引き下がりはしなかっただろう。
相変わらずの仏頂面だけど、カゲヤともだいぶ馴染んだ感がある。
厚い絨毯の敷かれた廊下を適当に進むと、さっき見えた空中庭園がまた視界に入った。
2重になっているガラス戸を開けると、夜明け前の冷たい空気が肌を刺した。
雪は降っておらず、星がちょっと異様なぐらい大量に煌めいている。
この寒さでも綺麗に咲いている花々が星明かりで輝き、幻想的な風景だった。
やや廃人手前のゲーマーである私も乙女を兼業している以上、この眺めにはうっとりせざるを得ない。
背後から足音が聞こえた。
「よお、イオリ様」
誰?
そんな口調のヒトはまわりにいないはずだけど。
振り向いた先にいたのは、白髪で、線の細い、特徴のない顔立ちだったはずの――
「ん? これからは姫様とかに変えたほうがいいのか?」
――くだけた口調、周囲を安心させるような余裕のある表情、意志の強そうな瞳――
パーツこそシュラノと同じだが、中身がまるで違う誰かがそこにいた。