ラーナルトのお姫様
「我が国に限ったことではないでしょうが、偽装用の身分にも等級がございます。もっとも簡便なのは行方不明となった身寄りのない人物を流用するもの、密偵がよく用いるのは費用を投じて作り上げた架空の人物、そして最上級となるのが、『表に顔を見せない王族』でございます」
ラーナルト王は、そう説明した。
「今回イオリ様に用意させて頂くのは、実際に生まれ、後に病気で死んだ第2王女でございます。城内で生誕祭を執り行ったことは多くの臣下が覚えておりますし、病弱だったことも噂として民の間に広まっております。ただ死亡した事実は王族内で隠蔽しているため、現在も王城から離れた地で静養中、ということにしてございます。……死者の身分を差し出すのは不敬かと存じますが、信頼性は保証致します」
カゲヤがちらりと私を見たので、頷いてみせる。実際気にしないのだけど、毒見をはじめこうしたVIPとしての振る舞いについてはバランからレクチャー済みである。
「では、ありがたく使わせて頂きます」
と答えるカゲヤ。
「承知しました。後ほど詳細を記した書面をお渡し致します」
「ありがとうございます」
「なお、他国においては歓迎される場合と、警戒される場合、さらに襲撃や誘拐を企てられる場合などがございますので、現在の関係性と注意事項についても教示させて頂ければと」
「感謝致します」
話が一区切りついたところで、「粗餐を用意しておりますので」という国王の言葉に合わせ、食事が並び始めた。
人族の宮廷料理、ということでテンションがあがる。
出てきたのは、全体的にすごく美味しいけどやたら手が込んでいて、調理法どころか原材料もわからないような品が多かった。
あと、歯ごたえのある料理が少ない。
……貧乏舌な私には、残念なことにもうちょっとざっくばらんなメニューのほうが合っているのだろう。
「出立はいつ頃のご予定で?」
食後のデザートワインやコーヒーなどが並んだところで、王の問いにカゲヤがまた私を伺う。
今度は自分で答えることにした。
「ええと、明日は城下町を見物させてもらって、午後にでも出ようかなと」
「ずいぶん急がれるのですな」
王は目を丸くした。
「いくらでも滞在していただいて構いませんが。貴賓室は用意がありますし、市井の内がよろしければ宿を手配させて頂きます」
「うーん、ありがたいですけど、この国のことはカゲヤに聞くことができますし、人族の領土にいられる期間も決まっているので、早めに他の国に入っておいたほうがいいかなと思ってまして」
「ふむ……」
なにやら考え込むように顎ひげを撫でる王様。
そのとき、端に座っていた女の子――レベル1を記録したお姫様が口を開いた。
「僭越ながら、差し出口をご容赦いただけますか」
まだ10代前半に見えるが、抑制のきいた綺麗な声音だ。
「フリューネ?」
王様がやや上ずった声を上げる。
フリューネと呼ばれた子は、たしか第3王女。そういえば紹介時に第1と第3しかいなかったので真ん中の子は不在なんだなと思っていたが、それが私に用意された偽装身分ということなのか。
つまり彼女にとっては幼い頃に亡くなった姉で、これからは身分の上では私にとって彼女が妹になるわけだ。
フリューネは薄緑の髪をゆったりと編んだ色白の可愛い子で、王様の奥さん、つまりラーナルト王妃によく似た顔立ちである。
「ええと、なにかな?」
王族相手と年下相手、どっちの話し方がいいのかなと一瞬迷ったけど、なんとなく彼女には話しやすそうな雰囲気を感じたので後者にした。
「ご容赦ありがとうございます」とフリューネは上品な微笑みを浮かべる。「誠に、大変に失礼ながら、イオリ様が明日よりラーナルト第2王女として他国を視察されるには、多少の問題があるかと存じます」
「フリューネ!?」
王様が、今度ははっきりと狼狽した声になる。
「え、問題ってどこだろう?」
聞いておいたほうがいい、という勘が働き、王様が止めに入る前に続きを促した。
「はい。それはイオリ様の物腰にございます」
フリューネはそこで笑みを深めた。まるでアイドルに憧れる少女のような、うっとりとした表情である。
「イオリ様のお振る舞いは、儀礼や慣例的な体裁をことに重視する我々王族と違い、圧倒的上位存在としての余裕に溢れたものに見受けられます。まさしく天上におわす方にふさわしいと、私も先程より感服しておりました」
へたすりゃ中学どころか小学校高学年ぐらいの見た目なのに、こんな流暢に話すものなのか、王族って。
……そしてこれ、丁寧に私の立ち居振る舞いが雑だってダメ出し食らってない?
王様をはじめ王族一同が眉をしかめたり目を伏せたり胃のあたりを押さえたりしてるし、どうもそんな感じだよね。
私は意識してより普段っぽい口調にしてみせる。
「あー、つまり私がこんな感じで他国に行って『ラーナルトの姫です』なんて名乗っちゃうと、あの国は王族ですら礼儀がなってないとか悪評が広まっちゃうってことね」
「……イオリ様の寛大さには驚くばかりですが、我が国の風評などお気にかけて頂かずともよろしいのです」
フリューネは胸に手を当てて軽く首を傾げてみせる。
「それよりも、直接的な問題としまして、イオリ様ご自身が王族であることを疑われかねない恐れがあるかと。もちろん訪問先から我が国に照会が届けば即座に返答させて頂く用意はございますが、書面のやり取りを経てもなお、疑念を残す者がいる可能性は否定できません。そんなことでイオリ様の貴重なお時間を割いて頂くのはあまりに無駄」
そして、フリューネは席から立ち上がった。
140センチぐらいの小柄な女の子である。
「ですので、そうした些事に対する提案を差し上げたく、お許し願えますでしょうか」
「あ、はい」
さっきからどっちが年上かわからない会話である。
「ありがとうございます」フリューネはにっこりと笑い、「――端的に申し上げますと、この私をイオリ様の視察に同行させて頂きたく存じます」