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事後処理と後半戦

 雪崩によって被さった雪を掘り進み、埋まっていた荷車は見つけることができた。

 ――が、無事に、とは言えなかった。


 雪崩の衝撃と雪の重みとで、荷車はあちこちが破損し、積んでいた荷物も中身がいくつか割れたり壊れたりしていた。

 魔獣の接近にシュラノが気づいた段階で、各自が背負っていたリュックも同じ場所におろしていたため、そちらの中も似たようなものだった。


 そろそろ日も暮れてくるので、今日は少し先の積雪が薄い場所でキャンプを張り、荷物の確認や修理、捨てるかどうかの判断などをすることになった。


「まあでも、モカが止めてくれなかったらまるごと全部駄目になってましたからね、それに比べたら全然マシと言えます」

 エクスナは一番ケガがひどかったので、手ぶらで歩いている。彼女のリュックは私が片手に下げていた。


「うん、ほんとうに感謝してるよ」

「あはは……、それは痛いほど感じました……」

 モカは苦笑いを見せた。


 

 荷車は、残念ながら修復不能だった。

 車軸が折れ、車輪も2枚壊れ、その他あちこち破損し、無事だった予備の部品を使い切ってもまともに動かないということだった。


 そこに積んでいた荷物自体は、瓶詰めの食料が1番ダメージが大きかった。

 ……割れた瓶から漏れた煮汁や酢などが着替えに染み込んだのも地味に痛かったが、こちらは洗えばどうにかなる。


「薬品類が無事で良かったです。班長の作った品は、必ず最高強度の容器に入れる規則になっていたので……」

 モカは蓋のしっかりした試験管みたいな容器を束ねて胸に抱え、ほっとしていた。


「ちなみに、そのどれかが割れたらどうなってたの?」

 私が尋ねると、

「……単純に爆発するか、周辺一帯が生物の立ち寄れない場所になるか、おぞましいスライムが誕生するか、地の底から凶悪な――」

「うん、だいたいわかった」


 ほんとうに無事で良かった。



 容器が割れてしまい、他に移すことも難しい食材は、今晩の料理でぱーっと使ってしまうことにした。


「いや、さすがの私でも限度がありますよ……」

 などといいながら大量の料理を拵えたエクスナは、私とふたりでそのうち7割ほどを食べ尽くした。


 他の4名は、残り3割を食べた時点でギブアップし、ぐったりと横たわったりうなだれたりしていた。


「白嶺の奥深くでこれだけ満腹になるというのは、史上初のことだと思いますね……」

 腹をさすりながら、リョウバが苦しげに言っていた。


 翌朝、一晩眠ってだいぶ魔力が回復したというシュラノがエクスナとモカの怪我を治療し、私たちは白嶺踏破の後半戦に突入した。


 

 食料や備品はだいぶ減ってしまったものの、幸いなことにあの黒翼の魔獣より厄介なのとエンカウントすることはなかった。

 

 そうして2日間が過ぎた。


 さすがに疲労が皆に溜まってきていて、

「お腹が空きました……」

 とエクスナは何度もぼやき、

「お風呂に入りたいです……」

 モカもたまにそんなことを言った。


「ねえ、このへんに温泉とか湧いてないかな?」

「いえ、申し訳ありませんが聞いたことがなく……」

 カゲヤが首を振る。


「――前方に魔獣、小型4頭」

 相変わらずシュラノの索敵は冴え渡っていた。


 ほどなく姿が見えたのは、しっぽの長い山羊みたいな魔獣だった。

 地球にいる山羊とあまり変わらない大きさだが、見た目に力感が溢れている。


「イオリ様」

「なに?」

 カゲヤは、彼にしては珍しいことに、どことなく嬉しそうな声で言った。


「あの魔獣は、さほど手強くもない上に――美味です」

「すべて了解」


 魔獣めがけてダッシュ!


 やや怯えたように逃げ出しかけた1頭の毛皮をむんずと掴み、

「へいパス!」

 槍を構えるカゲヤへ高々と放り投げた。


「ほら、あんたらまでは食えないから散った散った」

 そう言いながら振り返ったときには、残る3頭はとっくに逃げ出していた。

 ……同族が一瞬で宙を舞ったら、そうなるか。


 飛んできた山羊の心臓を一突きにし、その場で血抜きと解体を手際よく進めていくカゲヤ。


 その様子を、平然と眺めている私。


 ……うん、どうもこの世界だと、死んだ瞬間に魂が空に上っていくのが見えるから、残った死体がただの物体にしか見えなくなるんだよね。

 魂の抜けた体には、魔力も気配も生命の輝きも、ほんとうに何も感じない。

 生物の本質は魂にあって、肉体はただの容れ物、というのが分かりすぎるぐらい分かってしまう。


 だから死体を見ても、気持ち悪いとか特に感じたりしない。

 感覚としては、自動車や時計なんかの機械を分解しているところを見るのと変わらないような気がする。


 ……この感覚に慣れてしまうと、人族を殺すのも全然平気になるのだろうか。

 ただ魂を天に昇らせるだけの行為だと、割り切ってしまえるのだろうか。

 というか現時点で、魔獣を仕留めるのと人族を殺すのと、何が違うの? って考えている自分がいる。


 うん、まあ、地球に帰ったときに後悔とか罪悪感とかで押し潰されないように、自分の行動は客観的に見ておく必要があるな、これは。



 とにかく食事だ。


「久しぶりにご馳走になりますねっ」

 エクスナが楽しげに言いながら調理器具を広げ、

「あの大量摂取からまだ2日ですが……」

 カゲヤは淡々と返しながら魔獣のモツを抜いていく。


「ねえモカ、いまのうちにお湯でも沸かして身体拭かない? 雪洞つくって、背中は代わりばんこで」

「大賛成です!」

 モカが心から嬉しそうに笑う。

「見張りに立ちましょうか?」

 リョウバがさらりと言い、

「「結構です」」

 私たちは声を揃えた。

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