RPGよりアクションでヘイトを溜めそうな敵
私の顔を見た瞬間に逃げ出した青い魔獣を追いかけ、角をもぎ取って戦場へ帰還すると風景が一変していた。
さっきまで立ち込めていた雪煙がなくなり、陽光が白銀を照らしている。
なんだ、なにがあった?
――モカとエクスナは無事。カゲヤが地上、リョウバとシュラノは崖の上、シュラノの魔力が底を尽きかけている、空中に謎の黒い球体、気配からしてあの魔獣、たぶんバリアか何か――
視界に入る情報を、一瞬で脳が処理してくれる。
――ぷすり、と服の袖から煙が一筋。
バランが用意してくれた頑丈な登山服だけど、さすがに両手からの電撃には耐えきれないか。
さっきの魔獣の攻撃で破れた箇所もあるし、あられもない姿になる前に片付けないとね。
それじゃあ、まずは強度テストだ。
右手に持った角を投擲。
崖の上で投げたときと違って足場がしっかりしているので、当社比2倍ぐらいの速度だ。
勢いよく回転しながら空を切り裂く角が、黒い球体に接触し、
切断した。
「ギャガァアァァァッ」
球体と、中にいる魔獣ごと。
2つに割れた球体は煙となって消え、
魔獣の右肩から先が、ぼとりと落下する。
「――アァァアァッ」
叫びながらも、魔獣は退く様子を見せず、どころか私めがけて口から黒い粘液みたいなものを飛ばしてくる。
距離もあるし、楽に躱す。
背後の岩がジュウウッ、と音を立てた。
そして私が回避している間に、魔獣は矛先を変えてモカたちの方向へ――
「通さん」
カゲヤが彼女たちの前に立ちはだかり、
「そっちの方がいい立場だな」
リョウバが弾幕を張る。
そして私は無防備な魔獣の背中めがけて
「とうっ」
3本目の角を投げる。
慌てて回避行動に移った魔獣だけど、遅い。
片方の翼が、半ばから断ち切られた。
今度こそ本体が落下していき、
「ていっ」
私は岩場から大ジャンプ!
イメージするのは、そう、『大将軍に俺はなる』的な彼!
「その首もらったっ」
「――だ、駄目です! 胴体を!」
え? モカ?
既に最後の角を振りかぶって滞空中だけど、どうにか姿勢を変える。
雪面に衝突した魔獣の首ではなく、彼女の言う通りに胴体へ一撃を見舞った。
「――――――ッ!!」
突き刺さった角が体内から電撃を流し、言葉にならない悲鳴を上げた魔獣は、やがて息絶えた。
「ふう」
ここまでで一番手強い魔獣だった。
よく考えたら、このエリアって魔族領土に入る最終ラインで、雪山で、つまりはロンダ○キアみたいなものなんだよね。
そりゃモンスターもえげつないことになるか。
もしかしてこの旅って、進めば進むほど敵が弱くなるのか?
「イオリ様、お怪我はありませんか」
カゲヤが駆け寄ってくる。私と違って、雪面だというのに素早い足取りだ。
……いや、私が重いわけじゃない! カゲヤの技術が優れているんだ!
「大丈夫、ちょっと服がボロっちくなっただけで」
答えながら私は、崖から降りてくるシュラノとリョウバを見る。
「なんでシュラノはあんなに魔力減ったの?」
「はい、先程の雪煙を消すため、風を呼ぶ魔術を行使したためです。呼び込んだ風がさらに雪を舞わせないよう、制御に相当な魔力が必要だった模様です。ここまで連発した索敵魔術と合わせて、限界に近かったようで」
「ああ、なるほど……」
今夜もなにか、エクスナに美味しいものを作ってもらってねぎらわないと。
そしてリョウバたちと反対方向からは、モカとエクスナが歩いてくる。
「うわ、こっちは結構ケガしちゃってるじゃん! 手当て手当て」
わたわたする私に向かってふたりとも「大したことありません」と笑う。
「それよりイオリ様、ありがとうございました」
「へ? なにが?」
「最後の攻撃、軌道を変えて頂いて」
「あ、そうそう、あれなんでだったの?」
するとモカは、魔獣の死体を指さした。
見ると、死体の周辺に積もっていたはずの雪は溶け、黒い岩肌が見えている。そしてその岩肌の一部が、じわじわと泥のようなものに侵食され、崩れていっている。
「あのバーシャルという魔獣は、血液が腐食性を持っています。血狂いとなって各能力が上がっているようでしたので、おそらく腐食性も強力になっているものと思いましたが、その通りでした」
「ああ、そうなんだ。……じゃあ、胴体に突き刺したのもまずかった? 殴り殺したほうがよかったのかな」
「あ、いえ……」
モカは引きつったような笑いを見せ、
「その……、この位置でイオリ様が魔獣の首を落とすと、血液がこの方向へ噴出することになります」
モカは魔獣の頭部から直線上へと手で示す。
「うん、そうだね」
「それで、あのあたりには、荷車が雪に埋もれていたはずで……」
「なるほど」
私があのとき首を断ち切っていたら、
血がプシューって吹き出して、
その方向に積もっている雪を溶かして、
その下に埋もれている、大事な荷物を積んだ荷車に、腐食性の血液が――
……あぶなかったー!
「ごめんモカ! ありがとうっ!」
ぎゅーっと、モカを抱きしめる。
ここは白嶺のおおよそ中間地点。
こんなところで荷物を駄目にしたら、マジで遭難するところだった!
「あ……、イオ……くる……」
「イオリ様、モカが死にそうです」
「はっ」
エクスナの声で我に返った。
戦闘直後で、まだ力加減のモードが切り替わったままだった。
「ごめんごめんごめん! 大丈夫っ?」
慌ててモカを解放し、けほけほと咳き込んでいる背中をさすった。
「はい……、お役に立てて何よりです」
そう言ってモカは嬉しそうに笑った。